『桜守』からの手紙

文字数 3,557文字

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 『赤いバラの花の女神 マリア』様、



 初めまして。


 突然、このような(ふみ)をお送りした無礼を

どうかお許しください。


 私の名は『桜守(さくらもり)』。


 桜の《神》でございます。


 もうかなり昔。


 私が《神》になる前のこと。


 私には人間として生まれ、生きた時代が

ございます。


 その人生の中で、心を寄せるひとりの女性

がいらっしゃいました。


 残念ながら、その時にはすでにお相手の方

がいらっしゃったそうで、私は身を引かざる

を得ませんでした。


 《神》となった私にできることは、

精一杯の私の想いで創り上げた【幸せの力】

をお渡しすることだけでした。


 数百年後、念願叶い、とうとうあの方と

再会を果たすことができました。


 そして、【幸せの力】を受け取っていただ

いたのです。


 これであの方が幸せになれる。。。


 私はそれだけで幸せでした。


 なぜなら。。。


 私の幸せは、あの方が幸せになってくれる

ことだったからです。


 しかしながら。。。


 天からあの方をずっと見護(みまも)り続け、

ある日、ふと気づいたのです。


 それが、私の独りよがりであったという

ことに。。。


 あの方は、本当に幸せなのか。。。


 私は、あの方にいつも笑顔でいてほしい。


 不安も心配もなく、明るく日々を過ごして

ほしい。。。


 そう願っておりました。


 ところが。。。


 私の目に映るあの方は、なぜかいつも

淋しそうで。。。


 何かを。。。求めているようでした。


 誰かを。。。探しているようでした。


 あの場所で。。。


 私たちが出会ったあの場所で。。。


 毎年、しだれ桜が咲くあの場所で。。。


 いつもあの方は、誰かを待っていたのです。





 わかっていました。



 ですが。。。


 他に手立てがなかった。





 もう。。。


 もうこれ以上、あの方を悲しませたくは

ない。。。



 何が起ころうと、どうなろうと

私は。。。この手に。。。この腕に。。。

そして、この胸に。。。

しっかりとあの方を包み込み、

今度こそけっして離さず、いつまでも一緒に

人生を歩んでいくのだと。


 それが、あの方を本当に幸せにすること

なのだと。



 決心いたしました。


 あの方に逢いに行きます。





 どうかお願いです。


 この私をお助けください。


 桜と(ゆかり)ある巫女(みこ)様を探していただきたい

のです。


 そのお方は、あの方と。。。私の想い人と

深き(えにし)あるお方。


 私たちが、今度こそ本当に結ばれるために

は、その巫女様のお力が何としても必要なの

です。


 私が、この願いを託せるのは、同じ

《花の神》である『マリア』様だけで

ございます。


 すべてが整いました折、再度ご連絡させて

いただきたく。


 その時までに、どうか。。。どうか。。。


 巫女様を。。。


 巫女様をお探しください。


 よろしくお願いいたします。


 『桜守』

―・・―・・―・・―・・―・・―

 「巫女様って。。。


 私、巫女様じゃないけど。。。


 その巫女様って誰だかわかるの? 


 『マリア』。」


 「は~い。すでに調べはついております。」


 「何か。。。


 まるで犯人みたいな感じ。。。」


 「『澄子』のことですよね? 


 『マリア』。」


 「さすがは導光さま。よくおわかりで。」


 「えっ? お母さんが。。。?」

 ビックリする『輝羽』。


 「は~い。そうでございます。


 『輝羽』さまのお母さまでございます。」


 「お母さんって。。。巫女様だったの?」


 「ああ。


 かつて、多くの人々を救った偉大な巫女

だった。」


 「(うそ)? 本当なの?」


 「ああ。」


 その導光の返事に、『輝羽』は、またまた
ビックリした。


 今までそんな話は母から一度も聞いたこと
がなかったからだ。


 「それじゃあ、私じゃなくてお母さんに

頼んだ方がいいんじゃないの?」


 「いいえ。『輝羽』さまでなければ、

ダメなのでございます。


 お母さまとご一緒に『桜守』さまの願いを

叶えていただきたいのでございます。」


 「『輝羽』、『澄子』と一緒なら、

なおさら心強いだろ?」


 「うん。それはそうだけど。。。」


 「『輝羽』ちゃん。すごいじゃない? 


 お母さんと一緒にそんなミッション果たせ

るなんて。。。


 僕は、『輝羽』ちゃんがうらやましいよ。


 だって《神》さまの願いを叶えちゃう

んだよ。


 そんなこと、普通の人にはできないよ。」


 「『輝羽』さま。 


 もうじき『輝羽』さまは、転機を迎えられ

ます。


 『輝羽』さまには、心の奥にずっと秘めて

いる想いがあるのでございます。


 転機は、その想いを果たすためにぜひとも

迎えなければならない、いわば人生の

《登龍門》。


 その転機と向き合い、《登龍門》を突破

できた時。


 『輝羽』さまは、素晴らしい何かを手に

することができるのです。」


 「素晴らしい何かって。。。何?」


 「それは。。。


 お教えすることはできません。


 ですが、『輝羽』さまにとって、その何か

とは、ずっと望んでいた一番大切なもの。


 今度こそ、絶対に譲らず、手にしてください

ませ。」


 「いったい何なんだろう。。。


 その大切なものって。。。」


 「『輝羽』、心配するな。大丈夫だ。」


 「導光さまのおっしゃる通りでございます。


 お父さまやお母さまを信じて、関門を突破

してくださいね。


 その先に視えるもの。


 その先に手にするもの。


 それが、『桜守』さまをお助けする

アイテムとなるのでございます。


 『桜守』さまは、その時をずっと待って

いらっしゃるのでございます。」


 「なんだか。。。


 何を言われているのか、さっぱりわから

ないわ。。。」


 「大丈夫でございます。


 その時には、私が、このミッションへの

招待状を携えて、再び『輝羽』さまの元へ

やって参りますゆえ。。。」


 「『輝羽』ちゃん。


 心配するなってお父さんも『マリア』も

言ってくれてるじゃない。


 僕も、その時には、絶対に応援に駆け付け

るよ。」


 「うん。。。


 あっ。。。ありがとう。。。」

 『輝羽』は、急に不安になり始めた。


 一体、自分が迎えなければならない
転機とは何なのか。


 何を心に秘めているというのか。。。


 だが、互いに()かれ合っている者同士が
結ばれないという理不尽なことは、なぜか
昔から許せないと思っていた『輝羽』に
とって、やりがいのあるミッションである
ことには変わりない。


 「はい。それでは『輝羽』さま。


 どうぞ、私からのプレゼント

【パッフュ~ム・マリア】をお受け取り

ください。」


 そして『マリア』が『輝羽』にその香水を
渡そうとした時。


 「『マリア』、待って。


 ちょっとその香水、貸してくれる?」

 『ローマ』が、『輝羽』に渡そうとした
香水を『マリア』の手から取り上げると、
自らの左手の平にその香水を乗せ、まるで
弧を描くように香水の上で右手を動かした。


 すると。。。


 小さな白い薔薇の花の行列が、『ローマ』
の右手の平から、まるで糸のようにスルスル
と現れた。


 『ローマ』は、それで鎖を創ったのだ。


 そう。


 首から下げられるよう白い小薔薇の
ネックレスを香水瓶に付けてくれたのだ。


 「常に身につけておくには、首から下げて

おくのが一番。


 『マリア』と私からの贈り物。


 ほらっ、『マリア』。


 これを『輝羽』さまに渡してあげて。。。」


 「『ローマ』。。。ありがとう。。。」


 『マリア』は、しばらくじっと『ローマ』
を見つめていた。


 「『マリア』。。。


 いつまで私を見つめているの? 


 そりゃあ、美しき《男神(おがみ)》だから

見つめられるのは当然だけど。。。」


 「『ローマ』。。。」


 「ほらっ、早く『輝羽』さまに。。。」


 「はい。」


 『マリア』は、そう返事をすると、
『輝羽』に【パッフュ~ム・マリア】の
ネックレスを差し出した。


 「『輝羽』さま。


 どうぞ、受け取ってください。」


 「本当に、私が受け取っちゃっていい

んですか?」


 「はい。」


 「それじゃあ遠慮なく。。。


 いろいろ悩むところはあるけど。。。


 やっぱり嬉しい~。。。


 あっりがとうございま~す。。。!!!」


 『マリア』から感染した満面の笑み病の
『輝羽』。


 なんだかんだ言っても、思いもよらない
贈り物をゲットした『輝羽』のその笑みは
上昇マックスとなり。。。


 その笑顔マックスの『輝羽』を横目に
導光のがっかりした顔ときたら。。。


 (まあ。。。


 目に入れても痛くないほど可愛い娘に

なら(ゆず)ってもいいか。。。)

 そう気を取り直し、

 「『マリア』、そして『ローマ』。


 『輝羽』のために素晴らしい贈り物、

ありがとうございました。」

 そう《両神》にお礼を述べた。


 「『輝羽』ちゃん。


 すっごく嬉しそうだね。


 さっきまでの迷ってるような、

納得いかないような顔が嘘みたいに

笑顔に変わってるよ。


 うらやましいな~。」


 あまりに嬉しそうに見える『輝羽』の
隣りで、『満』がそう言った。


 「えへへ。。。だって。。。


 すっご~く素敵な香水なのよ。」

 そう言いながら、ちらっと導光を見た。

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登場人物紹介

昇龍 導光《しょうりゅう どうこう》


代々続く祈祷師の家系に生まれた。昇龍家第四十八代当主。五十歳。

非常に高い霊能力を持つ。

ダンディで背が高く、スポーツマン。 

物腰柔らかで一見祈祷師には見えない。

導光が愛するものは何といっても龍と家族そしてスイーツ。

持って生まれた類まれなる霊能力と格の高い魂で、様々な視えざる存在と対峙しながら

迷える人々を幸福へ導くことを天命の職と自覚し、日々精進を重ねるまさに正統派の祈祷師。

昇龍 輝羽《しょうりゅう てるは》


導光の娘。ニ十歳。 

聖宝德学園大学 国際文化学部二年生。両親譲りの非常に高い霊能力の持ち主。

自分の霊能力をひけらかすこともなく、持って生まれたその力に感謝し、

将来は父のような祈祷師になりたいと思っている。

龍と月に縁がある。

龍を愛する気持ちは父の導光に劣らない。

穏やかな性格だが、我が道を行くタイプ。

自分の人生は自分で切り拓くがモットーで、誰の指図も受けないという頑固な面がある。 

浄魂鳥《じょうこんちょう》ケツァール   /   マニュエル


普通の人には見えない、いわゆる霊鳥。

五百年前、『マニュエル』という名の人間としてある国に生きた前世を持つ。

あまりにも壮絶な過去を背負ったがために転生できず、

ある想いを果たすため『浄魂鳥』としてこの世に存在し、

その時をずっと待ち続けてきた。

花畑 満《はなばたけ みちる》 / アレン


二十歳。『輝羽』と同じ大学で同じ学部の同級生。

日本人離れした端正な顔立ちの美男子。

五百年前、人間であった『浄魂鳥』と同じ村に住んでいた『アレン』という名の若者の前世を持つ。

十五年前に亡くなった叔母の遺言がすべてを明らかにするカギを握る。

野原 美咲《のばら みさき》/ 満の伯母 


十五歳。聖宝德学園大学付属中学三年バラ組。

十五年前に亡くなった『花畑 満』《はなばたけ みちる》の叔母の前世を持つ。

その時の記憶を持ったまま生まれてきた。

『満』《みちる》同様日本人離れした顔立ちの超美人。積極的な性格。

赤いバラの花の女神 マリア


とにかく美しいものが大好きな女神。

導光の元を訪れ、ある国にいる『浄魂鳥』を日本に連れて来てほしいと依頼する。

すべての出来事はこの依頼から始まった。

その『浄魂鳥』の想いを果たすことができれば、自分が見護っていたある人も

幸せになれるのだと導光に訴える。

白いバラの花の男神 ローマ


『赤いバラの花の女神 マリア』の許婚《いいなずけ》。

いつも『マリア』に振り回されている『マリア』一筋の男神。

ある事情で結婚を先延ばしにされてしまう。

天の神から頼まれ、導光の家に届け物をする。

それは『浄魂鳥』と深い関わりのあるものなのだが。。。

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