モルフォ蝶の大群

文字数 2,923文字

 「どうしたんだろう? 停電なのかな?」


 『満』が天井を見上げながら『輝羽』に
そう言った。


 不審に思った導光が、

 「いや。 停電ではないな。


 どうやらお出ましのようだ。」


 普段は穏やかな眼差(まなざ)しの導光が、キッと
目を見開き、天井の方を見つめながらそう
小声で(つぶや)いた。


 導光の、その射貫(いぬ)くような眼差(まなざ)しは、
すでに天井を(つらぬ)き、家の真上から屋敷全体を
視ていたのである。


 精神を集中した霊視。 


 祈祷師、昇龍 導光が最も得意とする秘技の
ひとつ。


 【龍の眼光(がんこう)




 「私、ちょっと外を見てくるね。」


 『輝羽』がそう言った時、『満』が、

 「僕も一緒に行くよ。」


 そう言って、すぐさま『輝羽』の(あと)を追って
行こうとした。



 「『満』君。 ちょっと待って。」


 「えっ?」


 導光に声をかけられて不思議そうな顔を
している『満』。



 『満』を呼び止めた導光は、自分の両手の
平を上に向け、『満』の右肩に向かって
まるで何かを(すく)うようにその両手を当てた。


 導光は、『満』がやって来てから片時も
『満』の(そば)を離れようとせず、ずっと『満』の
右肩に止まっていた『マニュエル』を両手で
受け止めたのである。


 「『マニュエル』が、ずっと君の右肩に

()まっていたんだ。


 危ないから『マニュエル』は私が預かる

ことにするよ。」


 「そうだったんですか。。。


 僕、全然何も見えないから。


 『マニュエル』、ごめんね。


 気づいてあげられなくて。。。」


 導光の手を見つめながらそう言うと、
『満』は足早に『輝羽』の後を追って走って
行った。



 何か[()しきこと]が起こる前兆。


 すでに運命を司る《神》『デスティニイ』
も『ローマ』もそれを察知していた。


 『ローマ』は、ずっと『満』の(かたわら)にいた
『マリア』のそばに素早く移動すると、
『マリア』をかばうように『マリア』のすぐ
前に立った。


 『ローマ』の右手は、すぐ後ろにいる
『マリア』の左手をしっかり握っていた。


 急に自分のそばに飛ぶようにやって来て、
自分の前に立ちはだかったかと思うと
いきなり自分の手を握った『ローマ』に
対し、初めは嫌悪感を抱いていた『マリア』
であったが、一気に周囲の空気が重くなり、
何か[邪悪]なものが近づいてくる気配を感じて
いた『マリア』も恐ろしくなり、自分を心配
し、護ろうとしてくれている『ローマ』の
後姿を目の前にして、『ローマ』の違う一面
を見たような気がしたのである。


 そして、今までの『ローマ』に対する自分
の仕打ちを、今さらながら少し反省し始めて
いた。





 「もし停電なら、近所の家も停電のはずで

しょ?」


 「そうだね。


 だけど、『輝羽』ちゃんのお父さんの

様子では、そうじゃなさそうだったよ。


 何か、悪いことでも起こりそうで。。。


 怖いな。。。」


 『輝羽』と『満』は、そんなことを言いな
がら、玄関に続く廊下を歩いていた。


 まだ昼間だから周囲が見えるが、これが
真夜中だったら暗くて何も見えず、鼻をつまま
れてもわからない。


 足元がかなり危ない。


 二人は玄関のドアを開けて外に出た。


 『満』が近所の家を見ながら、

 「変だね。


 他の家は、普通に電気がついているみたい

だよ。」



 そう言った時。




 「ギャーッ。」


 びっくりして叫ぶ『輝羽』に、『満』が、


 「えっ? どうしたの?


 何があったの?」


 「『満』くん? あれが視えない?


 蝶よ。


 おびただしい数の蝶の大群が、(うち)の屋根を

(おお)ってる。。。」


 「ぼっ僕には何も見えないよ。


 『輝羽』ちゃん。何がいるの?」


 「蝶よ。この(うち)、蝶に(おお)われちゃってる。

 
 お父さんに知らせなきゃ。」


 『輝羽』は急いで玄関から家に入った。


 「まっ、待ってよ。『輝羽』ちゃん。」


 何が何だかよく分からない『満』は
とにかく何か起こっているのだろうと察し、
『輝羽』の(あと)を付いて行った。





 しばらくして『輝羽』が戻ってきた。


 「お父さん、たいへん。 


 (うち)が。。。(うち)が。。。」


 「すっぽり(ちょう)の大群に(おお)われてるって

言いたいんだろ?」


 (あせ)って状況を説明しようとする『輝羽』に
導光がそう答えた。


 「お父さん。。。


 この部屋にいるのに、どうして

それがわかるの?


 とっ、とにかくものすごい数で、(うち)の屋根

から壁、窓まで青くて金属のように光る蝶

だらけ。


 すごく綺麗(きれい)な蝶だけど、これだけの大群だと

あまりにも不気味すぎる。」


 「僕には何も見えなかったんだけど。。。」


 「これは霊現象だから、きっと『満』君に

は見えないのね。


 でも鳥肌が立つくらい、山のような数の蝶

なのよ。


 どうしよう。。。」


 「『輝羽』、ちょっと『マニュエル』を

預かっていてくれないか?」


 「いいわよ。」


 導光は、そう言うと両手の平で包むように
(まも)っていた『マニュエル』を『輝羽』に
託した。


 「『満』君。君に話があるんだ。 

 一緒に隣りの部屋に来てくれるかな?」


 「僕にですか? はい。わかりました。」


 (話。。。? 


 お父さん、いったい『満』君にどんな話を

するんだろう。。。


 どうして『満』君にだけ。。。? 


 私が聞いちゃいけないことなのかな?)


 自分だけ()け者にされたように感じた
『輝羽』は、少し不機嫌になった。


 だが、尊敬して()まない父のこと。


 きっと何か考えがあってのことなのでは

ないか。。。


 そう思い直し、すぐに気持ちを切り替えた
のだった。




 その時。


 『マニュエル』が、『輝羽』の手の平の中
でかすかに震え始めた。


 心配になった『輝羽』は、『マニュエル』
を励ますように、

 「『マニュエル』、大丈夫?」

と声を掛けた。


 『マニュエル』もまた、これから起こるで
あろう[()しき何か]をすでに察知していたので
ある。


 次第に自分に差し迫って来る、得体の
知れない[邪悪なる存在]。


 この[邪悪なる存在]によって、もうすぐ
『マニュエル』は、胸を切り裂かれるほどの
屈辱と苦しみを味わうことになる。


 実は、導光は、だいぶ前からそれを予知し
ていた。


 これもまた、導光の、持って生まれた比類
なき霊能力のひとつ。


 【龍の眼光】と共にこのような時に発揮
される【龍の予言】。


 『マニュエル』にとって、この得体の知れ
ない[邪悪なる存在]との対峙(たいじ)が、すべての苦悩
や悲しみから解放されるために絶対に避けて
は通れないものであると察した導光は、
先手を打ったのである。



 鍵を握るのは、『満』。


 それは、『満』以外の者にはけっして
できないこと。


 そう。


 それが、例え《神》であろうとも。。。







 「『輝羽』さま。。。私は大丈夫です。


 導光さまのおかげで、なんとかここまで

来ることができました。


 やっと『アレン』と再会できましたし、

あとは『アレン』に恩返しができれば

私の願いは叶います。」


 「本当に大丈夫? 『マニュエル』。


 さっきからずっと震えているわよ。」


 『だっ。。。大丈夫です。


 それより、輝羽』さま。。。


 『輝羽』さまは、本当に素晴らしい

お父さまがいらしてお幸せですね。


 私にはわかります。


 導光さまが、どんなに『輝羽』さまのこと

を想っていらっしゃるのかが。。。




 あなたがうらやましい。。。


 
 私は。。。


 私は、たとえ貧しくても家族とともに助け

合いながら生きていきたかった。。。」


 「『マニュエル』。。。」


 それからほどなくして、導光と『満』が
戻って来た。

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登場人物紹介

昇龍 導光《しょうりゅう どうこう》


代々続く祈祷師の家系に生まれた。昇龍家第四十八代当主。五十歳。

非常に高い霊能力を持つ。

ダンディで背が高く、スポーツマン。 

物腰柔らかで一見祈祷師には見えない。

導光が愛するものは何といっても龍と家族そしてスイーツ。

持って生まれた類まれなる霊能力と格の高い魂で、様々な視えざる存在と対峙しながら

迷える人々を幸福へ導くことを天命の職と自覚し、日々精進を重ねるまさに正統派の祈祷師。

昇龍 輝羽《しょうりゅう てるは》


導光の娘。ニ十歳。 

聖宝德学園大学 国際文化学部二年生。両親譲りの非常に高い霊能力の持ち主。

自分の霊能力をひけらかすこともなく、持って生まれたその力に感謝し、

将来は父のような祈祷師になりたいと思っている。

龍と月に縁がある。

龍を愛する気持ちは父の導光に劣らない。

穏やかな性格だが、我が道を行くタイプ。

自分の人生は自分で切り拓くがモットーで、誰の指図も受けないという頑固な面がある。 

浄魂鳥《じょうこんちょう》ケツァール   /   マニュエル


普通の人には見えない、いわゆる霊鳥。

五百年前、『マニュエル』という名の人間としてある国に生きた前世を持つ。

あまりにも壮絶な過去を背負ったがために転生できず、

ある想いを果たすため『浄魂鳥』としてこの世に存在し、

その時をずっと待ち続けてきた。

花畑 満《はなばたけ みちる》 / アレン


二十歳。『輝羽』と同じ大学で同じ学部の同級生。

日本人離れした端正な顔立ちの美男子。

五百年前、人間であった『浄魂鳥』と同じ村に住んでいた『アレン』という名の若者の前世を持つ。

十五年前に亡くなった叔母の遺言がすべてを明らかにするカギを握る。

野原 美咲《のばら みさき》/ 満の伯母 


十五歳。聖宝德学園大学付属中学三年バラ組。

十五年前に亡くなった『花畑 満』《はなばたけ みちる》の叔母の前世を持つ。

その時の記憶を持ったまま生まれてきた。

『満』《みちる》同様日本人離れした顔立ちの超美人。積極的な性格。

赤いバラの花の女神 マリア


とにかく美しいものが大好きな女神。

導光の元を訪れ、ある国にいる『浄魂鳥』を日本に連れて来てほしいと依頼する。

すべての出来事はこの依頼から始まった。

その『浄魂鳥』の想いを果たすことができれば、自分が見護っていたある人も

幸せになれるのだと導光に訴える。

白いバラの花の男神 ローマ


『赤いバラの花の女神 マリア』の許婚《いいなずけ》。

いつも『マリア』に振り回されている『マリア』一筋の男神。

ある事情で結婚を先延ばしにされてしまう。

天の神から頼まれ、導光の家に届け物をする。

それは『浄魂鳥』と深い関わりのあるものなのだが。。。

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