『マニュエル』の怒り
文字数 3,047文字
怒りは、すでに『マニュエル』の
たぎっていたのである。
この時、導光には『マニュエル』の心情が
手に取るように分かっていた。
『マニュエル』が、かつての父親をどう思
い、なぜそう叫んだのか。
導光の目には、その『マニュエル』の姿
が、まるで自らを潔白だと証明するために
嘘の言い訳を重ね続ける犯人に対して
真っ向から反論し、ジャッジを下す裁判官
のように視えたのである。
「みんな、みんな
きれいごとばかりまくし立てて。。。
被害者ぶるのもいい加減にしてほしい。」
『マニュエル』は、かつての父親に対し、
この上なくキツい口調で、だが、さらりと
言ってのけたのである。
父親に対してずっと抱いていた不信感。
家族を。。。父親を信じたいという思い
と、もしかしたらやはり自分は。。。
そう父親を疑う気持ちとの
苦しんできた『マニュエル』。
五百年の時が流れ。。。
(そうであってほしくない。。。)
そう願い続けて来た『マニュエル』の
望みは、父親のこの告白で、もろくも一瞬に
して崩れ去ってしまったのであった。
そして。。。
『マニュエル』は、ずっと胸に秘めて来た
父親に対する思いを、今は鳥になってしまっ
た父鳥に対し、正面から真っすぐにぶつけたの
である。
「貧しい家に生まれたと言っても、あなた
は一人っ子だった。
親はあなたに精一杯の愛情を注いでくれた
はずだ。
〈町に行って、
だって。。。?
あなたは。。。
あなたは、そんなこと。。。
そんなこと、ほんの
ていなかった。
親に甘えて育ったあなたは、はなから親元を
離れる気なんてさらさらなかったんだ。
自分の信念なんて初めから持っていない。
夢なんて最初からなかった。
〈親を残して町に行くわけにはいかない。〉
そう自分に言い訳をして、行くつもりもな
い町を、自分の夢を叶える場だと都合のいい
ように思い込んでいただけだ。
そう言えば、周囲の人々は誰も自分を責め
ない。
むしろ自分に同情してくれる。
「「なんて親思いの子なんだ。」」
「「親の面倒を見るために、夢を捨てた
立派な子だ。」」
そう思われれば
あなたは苦労なんてしたくなかった。
親に甘え、親に甘やかされ、親が亡くなっ
てから急に
いいかわからず、独りで生きていけないから
家族を作った。
親が貧しいから自分も貧しいなんて。。。
あなたは自分の人生に親の人生を重ねて
勝手にあきらめてた。
そして、子どもの人生に自分の人生を重ね
て、子どもも貧しい人生だと決めつけた。
子どもが貧しいのは子どものせいなんか
じゃない。
あなたのせいだっ。
あなたが貧しいからといって、子どもも
貧しい人生とは限らない。
子どもには子どもの人生があるのに。。。
あなたは最初からすべて決めつけてた。
すべてあきらめてた。
努力なんかしようと思ってなかった。
そして、
売った。
高い
それも敵の国に。
一人の子どもを犠牲にしても、自分と残り
の家族が
自分が
犠牲にするような
それがあなたの本当の正体だ。
『サタン』の言う通りだ。
『サタン』と何も変わらない。
恥ずかしくないのかっ。」
しーんと静まり返る部屋。
まるで部屋全体が、『マニュエル』の怒り
で埋め尽くされたかのように、そこにいる誰
一人として『マニュエル』のその怒りを
ることができなかった。
自分に対する『マニュエル』の憎悪の叫び
に青ざめ、立ち尽くす父鳥。
ひと言も発しようとしない。
謝罪の言葉すらその口から出て来ない。
涙ながらに訴えようともしない。
なぜなのか。。。
それは。。。
『マニュエル』の言った通り。
まさしく『マニュエル』が父鳥に向かって
ぶつけたその言葉こそが、真実そのもので
あったからである。
何ということか。。。
その真実を、まさか目の前で、かつての
息子『マニュエル』に突き付けられるとは。
父鳥は、完全に固まり、もはや
なっていた。
甘すぎた自分。
甘えすぎた自分。
自分が、ただ
めに家族を作り、家族にすがった。
家族を
家族を犠牲にした。
「今さら後悔して、それで済むと思っている
のか。。。」
「今さら謝罪して、それで許してもらえると
思っているのか。。。」
「今さら捨てた息子に逢いに来て、それで
息子が喜ぶとでも思っているのか。。。」
まるで『マニュエル』からそう責め立てら
れているかのように、『マニュエル』のその
思いが、父鳥の胸に次から次へとグサグサと
突き刺さっていった。
無言の父鳥に対して、『マニュエル』は
話を続けた。
「あの
自らが歩まざるを得なかったあの恐ろしい
人生を。。。
私は。。。何度も何度も忘れようとした。
だが、忘れようとしても。。。
どんなに忘れようとしても、いつも頭に浮か
ぶんだ。
そうすると無性に死にたくなる。
人を救いたいと思っていたのに。。。
人の命を奪うことしかできなかった
なんて。。。
『アレン』、そして『ビリー』。
彼らが、彼らだけが、そんなやるせない私
の気持ちを忘れさせてくれた。
安らぎを与えてくれた。
忘れたかった。
でも。。。
忘れるわけにはいかなかった。
どうしても、それをこの胸に
かったんだ。
ひとつの疑問があったから。
自分の親は、相手が敵国だと知っていなが
ら自分を売ったのか。
それとも敵国に
この疑問に対する答えをどうしても見つけた
かったから。
すべて忘れてしまえば
ない。
でも。。。
すべて忘れてしまえば、その答えが見つか
らない。
だから私は耐えた。
耐えに耐えたんだっ。
そして今、私の父親だと名乗る鳥に真実を
聞かされた。
情けない。。。
なんて情けないんだ。
私は、そんな親から生まれたのか。
敵に売られるために生まれて来たのか。
ずっと信じてきたのに。
家族だと思っていたのに。
この私の気持ちが。。。
お前たちのようなものに。。。
お前たちのようなものにわかって
たまるかっ。
なにが許せだ。。。
他人なら。。。赤の他人なら。。。
お前たちが赤の他人だったら。。。
どんなに楽だったか。。。
家族だから。。。
家族だからこそ。。。
一番信じていた家族だからこそ許せない。
許せないんだっ。
今さら。。。今さら何だ。。。
お前たちなら許せるのか。。。
もうたくさんだ。。。」
その口ばしを
声を押し殺して泣くのをこらえている
『マニュエル』。
『マニュエル』の心には、怒りと共に憎し
み、そして無念の思いが一気に押し寄せ、
次第にその両足がガタガタと震え始めた。
『マニュエル』は下を向き、
片方しかない目をぎゅっとつむった。
鳥であるのに、まるで人間であるかのよう
な苦渋に満ちた表情。
『満』の右肩になんとか
いた『マニュエル』であったが、もはや絶望
と怒りと
なっていた。
両足の震えが全身を
まりそうになるほどであった。
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