叔母の遺言(三)

文字数 1,264文字

 「『ニーナ』。 たいへんだよ。


 落ち着いて聞いて。


 気をしっかり持って。


 『アレン』が。。。『アレン』が。。。」


 従兄弟(いとこ)はそう言うと泣き出してしまい、

そのあとはただ泣きじゃくるだけで、私には

何が起こったのか、まったくわかりませんで

した。


 すぐに叔父が家に戻って来て、戸惑っている

私に向かって、

 「『ニーナ』。


 『アレン』が。。。


 『アレン』が、裏の薔薇の花畑の中で死ん

でいた。


 兵士に殺されたらしい。」

 そう言ったのです。


 (うそっ。 うそよっ。 


 そんなはずはない。


 『アレン』が死ぬなんて。。。)


 私は急いで薔薇の花畑へ向かいました。


 そして、村人に囲まれて横たわっている

『アレン』の姿を見たのです。


 私は『アレン』の元へ駆け寄り、

『アレン』の名を呼びながら、体を何度も

ゆすりました。


 「『アレン』。 目を覚まして。。。


 どうして。。。


 死なないで。


 『アレン』。。。『アレン』。。。」


 『アレン』に抱きつき、泣きじゃくる私の

背中を、叔父夫妻がさすりながらなぐさめて

くれました。


 私には、なぜ『アレン』が殺されてしまっ

たのか、すぐにその理由がわかりました。


 それは『マニュエル』を救うため。


 私には、その時の『アレン』の気持ちが

痛いほどわかりました。


 『マニュエル』のことも、まったく(うら)んで

もいません。


 『マニュエル』もまた悲しき犠牲者。





 誰も悪くないのに。。。



 『アレン』に()びる『マニュエル』。


 私に詫びる『アレン』。



 『アレン』が亡くなってしまってから三カ月

ほど()ったある日。


 『アレン』が息絶えた場所で、毎日泣いて

ばかりの私に叔父が言ったのです。


 「『ニーナ』。


 いつまでもここで悲しんでいても何も

変わらない。


 『アレン』はもう戻って来ない。


 『アレン』は死んでしまったんだ。


 『アレン』とは、もう生涯を共にすること

はできないんだよ。


 忘れろというのは(こく)だと思うが、

お前もいつまでもこうしてばかりでは

どうしようもないだろう。


 これからのことを考えないと。


 隣町に住む人から、お前のことを嫁にもら

いたいと言われているんだ。


 年はかなり上だが、人柄がとてもいい人ら

しい。


 ここにいてもいい暮らしはできない。


 その人の元へ嫁げば、(かね)に不自由はしない

し、一生楽して暮らせる。


 このままこの村で生きていくよりもずっと

いいだろう。


 そうしたらどうだ。」


 叔父のその言葉は、『アレン』を失った私

にとっては、あまりにもショックでした。


 死んでしまった『アレン』が二度と戻って

来ないことは私にもわかっていました。


 でも私は。。。


 私には、『アレン』しかいなかった。


 『アレン』だけが私の支えだったのです。


 私にとって『アレン』はすべてでした。


 すでに何も考えられない状況の中で、結婚

話は知らぬ()に進められ、気づいた時には、

もう式の日取りまで決められてしまっていた

のです。


 私は、叔父夫妻に今まで育ててもらった恩

もあり、どうしても拒否し続けることができ

ず、絶望と悲しみの中、とうとう結婚式の前日

(がけ)から身を投げて自らの命を絶ちました。
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登場人物紹介

昇龍 導光《しょうりゅう どうこう》


代々続く祈祷師の家系に生まれた。昇龍家第四十八代当主。五十歳。

非常に高い霊能力を持つ。

ダンディで背が高く、スポーツマン。 

物腰柔らかで一見祈祷師には見えない。

導光が愛するものは何といっても龍と家族そしてスイーツ。

持って生まれた類まれなる霊能力と格の高い魂で、様々な視えざる存在と対峙しながら

迷える人々を幸福へ導くことを天命の職と自覚し、日々精進を重ねるまさに正統派の祈祷師。

昇龍 輝羽《しょうりゅう てるは》


導光の娘。ニ十歳。 

聖宝德学園大学 国際文化学部二年生。両親譲りの非常に高い霊能力の持ち主。

自分の霊能力をひけらかすこともなく、持って生まれたその力に感謝し、

将来は父のような祈祷師になりたいと思っている。

龍と月に縁がある。

龍を愛する気持ちは父の導光に劣らない。

穏やかな性格だが、我が道を行くタイプ。

自分の人生は自分で切り拓くがモットーで、誰の指図も受けないという頑固な面がある。 

浄魂鳥《じょうこんちょう》ケツァール   /   マニュエル


普通の人には見えない、いわゆる霊鳥。

五百年前、『マニュエル』という名の人間としてある国に生きた前世を持つ。

あまりにも壮絶な過去を背負ったがために転生できず、

ある想いを果たすため『浄魂鳥』としてこの世に存在し、

その時をずっと待ち続けてきた。

花畑 満《はなばたけ みちる》 / アレン


二十歳。『輝羽』と同じ大学で同じ学部の同級生。

日本人離れした端正な顔立ちの美男子。

五百年前、人間であった『浄魂鳥』と同じ村に住んでいた『アレン』という名の若者の前世を持つ。

十五年前に亡くなった叔母の遺言がすべてを明らかにするカギを握る。

野原 美咲《のばら みさき》/ 満の伯母 


十五歳。聖宝德学園大学付属中学三年バラ組。

十五年前に亡くなった『花畑 満』《はなばたけ みちる》の叔母の前世を持つ。

その時の記憶を持ったまま生まれてきた。

『満』《みちる》同様日本人離れした顔立ちの超美人。積極的な性格。

赤いバラの花の女神 マリア


とにかく美しいものが大好きな女神。

導光の元を訪れ、ある国にいる『浄魂鳥』を日本に連れて来てほしいと依頼する。

すべての出来事はこの依頼から始まった。

その『浄魂鳥』の想いを果たすことができれば、自分が見護っていたある人も

幸せになれるのだと導光に訴える。

白いバラの花の男神 ローマ


『赤いバラの花の女神 マリア』の許婚《いいなずけ》。

いつも『マリア』に振り回されている『マリア』一筋の男神。

ある事情で結婚を先延ばしにされてしまう。

天の神から頼まれ、導光の家に届け物をする。

それは『浄魂鳥』と深い関わりのあるものなのだが。。。

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