104.        《 ミステリーを解く日 》  2023/12/20

文字数 3,073文字



推理小説が好きだ。
本格派好みではなく、どちらかというとミステリータッチの推理作品が好きだ。
今まで小説を3作書いてきたが、ミステリー物をもう一作というのが最後の願い、いや夢になっている。
謎解きから構想したプロットを3パターンほどひねり出したものの、全く細部に入れないままお手上げの状態になっている。これまでの小説作法では、物語の登場人物がある時点から勝手に行動し、喋り出してくれる、あとはそのまま逆らうことなく従えばいい。
問題はそのきっかけだろう、それが一番難しいのだけれど。

悩める作家が ミステリーをリアルに体験したのが2023年11月15日ジョギング中のことだった。

その前に、伏線となる家庭の事情をご紹介しておく。
翌日16日から妻不在のため2日間家事代理を任されていた、残り家族6人より一番の面倒は愛犬だ。誰かが傍にいないとだめという過保護2歳半ビーグル、躾け教育の失敗なのだがコロナ拡大期はステイホームを旨としていたのでそれでも何とかなったものだ。
そろそろ、お留守番できるように短時間一人にして夫婦で買い物に出かけ様子をみたりしていた、いわば再教育中のところである。でも、ちょっと油断すると(椅子を片付けないままだったりすると)出窓に這い上がって、眼下の通行者に向かって吠えていたりする。
二日間の家事代理の肝は、したがって家族の食事・洗濯もさることながら愛犬の集中教育を重視していた、そのため前日にジョギング、定期整形外科クリニック診療をスケジュールに入れていた11月15日だった。

閑話休題、
前の週には11月では観測開始以来初の真夏日もあったのに、15日は一転して肌寒い曇り空が広がっていた。
先週のタンクトップシャツ・半パンツからTシャツ・ウィンドブレーカー・コンプレッションタイツ・手袋という初冬装備でジョギングを開始した。
ウキウキした気分にもなれない空模様なので、気ままなフリージョグではなく馴染みのコースを選択し最近心掛けている超ゆっくりペースで足を運ぶこと5㎞程、緩い上り坂の途中にある交差点を越えたところで記憶が途切れ、気が付くと歩道に突っ伏していた。

起き上がろうとしても身体が思うように動かない、じたばたしていたら通りすがりの女性が声をかけてくれる、「だいじょうぶですか?」
「いやー、イタイイタイ」とジタバタを継続していたら手を引っ張られる、起き上がらなければと思っても、起き上がれない。思い切り引っ張られてなんとか立ち上がることができた。
それをきっかけに優しい女性は歩き去る、後ろからついていくのもばつが悪い、道路反対側歩道に移動して歩き始める、すっかり御礼を申し上げるのを忘れてしまったのは突然の出来事だったこともあるが、頬が痛みでこわばり口からの出血に狼狽していたからでもある。
被っていたNIKEキャップ、サングラスはそのまま、ということは頬と口で着地したのだろう。
顔面の感覚がマヒしてくるのを感じながら速歩きで我が家に戻り、早速玄関の鏡で自分の顔を確認する。頬が赤く腫れあがり、唇が切れて口元も腫れている。
冷凍庫に常備しているアイシング用のジェルパックを頬と唇に当て、まずは救急措置を取る。
妻が傍で傷を確認している時、頭のなかがふっと空洞のようになった(正確な感覚は表現しづらい)。
過去にも一度 起床時に記憶を失ったことがあるので、緊急用セルフチェックを始める・・・
「今日は何月何日ですか?」と。
答えることができず、かえってパニックになる。
2023年だということはわかったが、何月か?何日か?出てこない。
「えつと、今日は何日だっけ・・・」と宙をにらむばかりの時間が過ぎる。
「11月ですよ」、業を煮やした妻が助け舟を出す。
その時、目の前に新聞が置いてあった、それを見れば月日はすぐにわかるのだが、敢えてそうしないでじっと記憶が戻るのを待った。
あとから妻に訊いた話だが、その様子は尋常ではなかったとのこと、それは当事者の自分が一番承知していた、その間ぼくは無の空間をさ迷っていたのだから。
悩めること数分、ようやく月日を思い出す、すかさず妻からの質問、
「これからの予定を覚えてる?」
「えええと、明日から葬儀であなたがいないのでぼくが留守番する」
「それから・・・?」
「何かあったっけ・・・ええと」 (どこかに出かけることになっていたことをうっすらと思い出すが出てこない)
「お手伝いすることがあったでしょ、東北の方で・・」
どうやら妻はぼくの記憶力をテストしてくれているようだ、おかげで海外の友人を商談サポートすることも思いだす。
「あ~、月末の旅行ね」
すこしづつ、正常な、と言っても転倒前の頭脳レベルに戻っていく一方、ジョグと怪我の興奮が冷めアイシング効果も相まって、身体全体が冷え始める。
予定していた整形外科クリニックの定例診察の際に新規の怪我も診てもらおう、それにはまずシャワーを浴びる。

ランニングウェアを一枚一枚脱いでいくにつれ、怪我の全貌が明らかになる。
右膝外側に血まみれの大きな擦過傷、右掌付け根、左親指に血豆と痣を確認する。
顔面以外で転倒を受け止めた個所なのだろう、外傷に加えて関節部位が痛みだしてくる。

2週に一度継続している膝関節変形治療のヒアルロン酸注射、その診察の前に最新の怪我も診てもらう。関節部位には骨折・捻挫の兆候は無いとの診断、念のため頬のX写真を撮る。
その間、付き添ってくれた妻が娘に頼んで神経クリニックを予約していた。
少し抵抗したが、明日から不在だという妻のためにも渋々神経クリニックでCT写真を撮り診断してもらった。
幸いにも、頬には骨折・ヒビはなく、脳内も出血等の異常はなく脳震盪だろうという診断結果だった。

さて、ここからがミステリーの謎解になる。
謎は「顔から転倒したその理由」。
まずは考えられる転倒のパターンを確認しておこう。
① 何らかの疾患で意識を失い転倒した。
② 路上の異物に躓いた、引っかかった。
③ 脚がしっかり上がらなかった。
④ 人知を超えたパワーが降臨した

次はその蓋然性を推理してみよう。
① 熱中症で意識を失いかけたことは過去何度もあるがこの寒さのなか汗もかいていなかったのであり得ないとしたいところだけど、精密検査(MRI)をしてはいないので脳内に何らかの不具合あるのかもしれないし、直前に吸い込んだ鼻づまり噴霧剤の影響もまったく無視はできない。
② 確かに信号交差点には盲人用突起物が敷かれているが、30年以上走っているコースなのでそのことも熟知している。近年は足・膝・股関節の故障のためときおり障害物に躓くこともあるが、それでもなんとか堪えることができていた。
③ シーズン初の長タイツが脚上げ感覚を鈍らせ、特に坂上りの際の足の引きが遅れたかもしれない。二週間前、股関節注射を初めて受け、その結果が極めて順調だったので右脚が故障中より前に出るようになった反面、左脚がそれに対応できず確実に着地できなかったかもしれない。
④ 11月15日は「七五三の日」だった、小さい時の健やかな成長祈願を忘れて74歳近くまで生かしてもらったことの感謝を忘れていた。そんな罰当たり者への戒めとい天の力が働いたのかもしれない。

以上の考察、熟考から①、②、④の可能性が少ないものとし、③を採用した。
謎解き結論:
股関節治療薬「ジョイクル関節注30㎎」の効果で復活した心地よい脚運びが仇になりバランスを崩した。

決して自分の老化を謎解きの正解と認めたくない、相も変わらないオプティミスティック・ナルシストの今日である。
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