5. 《 仮面覚醒の日 》  2022/2/16

文字数 4,014文字



72歳誕生日の翌日、友人Sさん(写真上)のコネクションでファッション教育家MさんにFace Book でコメントを送るという大胆なことをしでかしてしまった。
Face Book では面識のない方からコメントを頂戴するのも、また面識のない方にコメントするのも、もとをただせば面識のない方とお友達になるのもご法度としてきた身としては、ただただ我が行動に驚き慄いてしまった。(これを機会に、FBをもう少し柔軟に運用しようかとも思っている)
直近の1~2週間 Sさんのファッション活動がFBにアップされ、その都度Mさんの重厚かつ繊細なファッション論に触れることが続いていたことがあった。
Sさんからの一言どうぞというお誘いに乗ったその背景には意外と根深いストレスがあることにしばらくして気付いた。

一般的に、定年後ファッションに気を遣うことは急激に少なくなる、通勤、会議、営業訪問、接待、飲み会というシーンがなくなるのだから。加えてウイルスパンデミックによる外出自粛でハレの場への参加も含めて人との接触の機会そのものが絶えてしまった。
この二年間の外出と言えばまず病院、高齢者ならではの各種身体疲弊の修理を欠かすことができない、昨年は一か月間の手術入院もあり、そのリハビリにも一年がかかった。
趣味であり評論という仕事のために出向くシネマコンプレックスへは緊急事態宣言下でも感染対策をして突撃したが無念なことに公開されるシネマが少なくなったためその回数も減少した。
食料品補給のための買い物を外出に加えても、だいたいこの3種類が「外出」と称するものになってしまった2年間だった。

小さいころから親から他人と違うファッション(当時は「恰好」と言った)をさせられ、僕自身もそれが心地よかった。そういう人間性をナルシシズムと言いその人間をナルシストと呼ぶことは知っていたが、自分がそうかもしれないと思ったのは還暦を迎えたころだった。
それまで、着道楽とか派手好きというお褒めやら嘲笑をいただき続けていたが、ようやくこれが自分の表現方法であり、世間に向けた「仮面」であることを心の裡から納得した。
勤め人にとって、ファッション「仮面」を被り続けることは容易いことではないが、古来から求められてきた日本的同調服装をギリギリ突破する努力をしてきたのは、先ほど述べたナルシストとしての歓喜を無意識で求めていたからだろう、おそらくは。
おもしろいもので、そんな約束破りの会社員を認めてくれる(諦めてくれる)関係者もちらほら出てきた・・・「あいつなら仕方ないか」と。
とはいえ勤め人(ホワイトカラー)の基本はスーツ、周りを不快にさせることなく、それでいながら自我を鼓舞するスーツには簡単に巡り逢わない。
勤め人43年間、好みのスーツブランドを何回も変えてみた、しかし 残念ながら時代のトレンドに流されただけだったと今では後悔している。当然ながらハイファッションブランドには手が届くわけもなく、分相応な選択の中で我がナルシシズムを満足させてきた。
36歳から63歳まで、オフタイムはほとんどトレーニング(トライアスロン)に費やしてきたとはいえ、プライベートの集まりにジャージ上下で赴くことを許すナルシストではなかったから(ジャージ愛のMさんゴメン)数少ないプライベート交流シーンは今思えば大いなる自我開放のお愉しみだった。
そこでは他人と違う自分をひそかに誇らしく思い、たとえそれがファッション良識からどんなに外れていようと平気だったし、スタイルブックのお約束事は無視し自分が「良し」とすれば満足していた。

さすがに熟年(50歳過ぎ)になってからは、目立つだけのファッションは控えることにし、着心地の良さを大切にするようになった。
着心地とはデザインであり素材であり安心、つまるところ信頼できるブランドに辿り着いた。
帽子(ハット)を被るようになったのもこのころから、自我アピールの道具の一つに加えた、
まだまだ日本では帽子文化は確立されてなかったのも気に入った。
ところで、
定年がやって来ることは勤め人にとって一大事である、
定期的な収入が途絶えることになるからだ。
最近話題になった定年後2000万円必要という説は投資信託業者の陰謀説もあるが、年金だけでは楽しく生きていけないのは紛れもない事実でもある(余談だけど生きていくだけなら生活保護もあるので日本国民は決して悲観することはない)。
定年後の生活にファッションをどう位置付けるか? 多くの人にはどうでもいいことに違いないが僕にとっては大きな問題だった。
定年後のために貯金するには「すでに時遅し」なので、大問題に二つの策で対応した、
ひとつは住宅ローンの残りを前倒し清算する・・・危機回避だ、年金から毎月の高額ローン支払いを回避する。
もうひとつは洋服を定年後用に備蓄しておく・・・危機対応だ、災害時の乾パンやミネラルウォーターと同じ準備と思えばいい。
馬鹿馬鹿しい洋服備蓄計画だが、僕は実行してみた。

今、年金生活者になってみてステイホームするなかでお仲間の高齢者たちの様子を毎日見ている、首都圏端小都市(海老名)ではウィークデイに限らずいつも街中には高齢者しか見当たらない、人口の三分の一が高齢者という高齢・少子化が進んだ日本では珍しくない風景だろう。
高齢者は二人組、おそらくはご夫婦で連れ添って歩いている姿が多い、健康のための散歩か買い物か、もしかしたらリハビリか。
そうそう、ここではファッションのお話。
男性はダーク系の上着、夏なら釣り用のポケットがたくさんついているメッシュ物にやはりダーク系のパンツ(ズボン)、野球帽は庇が毛羽立っている、シューズはしっかりしたスニーカー、近頃では肩掛けポシェットが流行りのようだ。
女性は男性とほとんど同じセットアップ、冬場は薄手のダウンジャケット、帽子だけは丼型で顔がしっかり隠れる。
そんな支え合いカップルがあちこちから湧いて出てきたように道路両端を占有している図は、微笑ましいというよりも僕には恐怖でしかない、高齢者カップルのクローンという恐怖。
それじゃ 僕はどんな仮面をかぶればいいのか、定年引退高齢者として?
引退直後、人生の後片付けをしながら残りの日月をデザインしてみた、いわゆる終活である。
これまで意図して、また意図せずに持ち続けてきたものを捨て去ることから始めた身辺整理整頓、近年では断捨離ともいうらしい。
金目のものは売却し、そうでないものは無料ゴミの日に選別して町内指定場所に置く。
洋服を予想外にたくさん捨てた、まずビジネススーツ、コートの類は夏・冬で各2着を残してバッサリと捨てた、もう一度働く気持ちがないことを一番よく知っている自分だから。
それでも洋服ダンスには備蓄と称して買い溜めしたお気に入りの衣類が詰まっていた。
前述のように、年金生活では外出機会は一気に減ってくる、飲み仲間との定例会年2回、仕事関連のOB会年2回、トライアスロンOB会年2回、高校同窓会年2回、ざっと数えても年に8回の定例会のみ、外呑みはもともとしないのでぶらり散歩もない、地元以外のシネコン遠出は年に数回、
いや映画鑑賞はハレの外出には含まれない、暗闇に暫し座るだけなのだから。
計画していたような備蓄洋服の出番がない、ふと気が付くと家着(ホームウェア)がすっかり身についていた僕がいた、仮面なしの。

昨年末(2021年)ホノルルマラソンのため海外渡航した折に、お仕置きのような14日間の自主隔離(うち3日間は強制隔離)を経験した。
一部屋にじっとしていると気持ちが仮死状態になってくるのが感じられる、もうこのままでもいいかな・・・弱音が出てきた・・・生涯初めて暖かい機能下着というものを上下で求め、ぬくぬくと同じ部屋着で2~3日過ごした(下着は交換したが)。
隔離終了後 寒さが厳しくなってくる毎日、近所へのお買い物にも部屋着で出かけていくことに頓着しなくなった。

Sさんの近況に驚き、Mさんの存在を知ったのはちょうどその時だった。
トライスロン、シネマ、本、料理、ビーグルの他に大事な人生のキーワードを思い出した、
それは「お洒落」であり「ファッション」でありアイデンティティを創る「仮面」だった。

二日前から、こんな試みを始めた。
●外出するときは必ずしっかりと仮面をかぶる
●その姿を記録に残す(画像とコメント)
●どこかで総括する

Tさん、Mさんから受け取った刺激が僕を覚醒させた、「今日である」。



《 補足 こんな感じ 三つの仮面例 》
2022/2/5   シネコンへ  (仮面)悠々自適のシネマ大好き高齢者。
昨年からインナーとしてお気に入りのフーディッド・パーカー(ジェームス・パース)、
レザーのショート・コート(アルマーニ・コレツィオーネ)、濃茶のハット(ボルサリーノ)、オフホワイトのストレッチスリム・パンツ(ユニクロ)、チャカ―ブーツ(リーガル)。


2022/2/6   孫の誕生日プレゼントを買いに  (仮面)孫に優しいまだまだ元気な爺さん。 
グレイのフーディッド・パーカーは昨日と同じ、レザーのライダージャケット(アルマーニ・コレツィオーネ)、茶色のハット(ボルサリーノ)、赤茶のデニムパンツ(トルネード・マート)、赤・グレイ・ブルーのマフラー(アルマーニ・エクスチェンジ)、スウェードシューズ(リーガル)。


2022/2/6   新型コロナ第三回目ワクチン接種に (仮面)健康に気を配る愛犬家の高齢者。
グリーンブラウンの厚手のダウン(ユニクロ +J)、ブルーのハイタートルネックセーター(ユナイテッド・アローズ)はオーバーサイズ気味で注射時の肩だしに配慮、会場が寒そうなのでグレイフランネルパンツ(ユナイテッド・アローズ)、ダークブルーのハット(ボルサリーノ)は愛犬ビーグルの上着カラーに合わせて(・・・なわけないだろう)

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