12.《 包丁走りの日 》  2022/4/6

文字数 1,862文字




ランニングが好きだ…好きなんだろう、きっと。
膝と股関節に大きな問題を抱えながらも走るのだから、好きなんだろう。
できることなら、走りながら息を引き取ることができるといいな、と本気で思っている。
本気と言えば、
本気モードのアスリート時代(アマチュアであるが)は、年間のレースに合わせて生活を組み立てていた。
ロングトライアスロン(フルマラソンが含まれる)、フルマラソンの日程を調べ、エントリーし、レース日から逆算した細かいメニュ―を立てるのが大好きだった、だからレースがないとトレーニングができない。
9年前、脊柱管狭窄でトライアスロンを捨て去らざるを得なかった、未練たらたらでそれからはマラソンだけに心を注いできた。当然速く走ることなどはできないので完走(歩くことなく)することが目標になっていたが、それも近年怪しくなってきた。

体力、資金、時間(人生の残り時間)がそろそろ切れようとしていた昨年2021年、人生ラストレースとして選んだのが51歳からお付き合いさせてもらっているホノルルマラソンだった。
2020年49回大会はコロナパンデミックで中止、本来節目の50回大会になるはずの2021年大会は結局49回大会となった。
いつものように狙い通りいかない、いかにもドジな自分らしい成り行きに苦笑する余裕はなかった、開催にはなったものの日本からの参加には高いハードルが待ち受けていた(詳細はエピソード2、3に)。
そんな艱難辛苦を乗り越えての完走(歩きも入ったが)は、しかし思いがけず僕のナルシシズムに望外の喜びになった。
200名前後の極端に少ない日本人完走者の一人であること、マラソンのためだけにホノルルにいるというストイックさ、渡航にかかわる規制・隔離に耐え忍んだこと・・・すべてが誇らしくいまだに自己陶酔している自分がいるくらいだ。

ホノルルマラソン完走から、すでに4カ月が過ぎたが、まだ走っている。
目標となるレースを全く設定していないのに、膝・股関節の調子を気にしながらも走りに出かける。
もはや、42.195㎞の準備をしなくてもいいので気楽なものだが、いまだに「より良い走り」を考えながらヨタヨタ走っている。現状の課題は「呼吸法とキック」、何と40年前に走り始めた時と同じ課題に取り組んでいる、その目的は全く異なってはいるが。
今の目標は「いかに楽に(痛くなく)走る」であって、「いかに早く遠くまで走る」ではない。

呼吸法にはいろいろある・・・これまで2拍子、4拍子から8拍子まで使い分けていたが、いま取り組んでいるのが5拍子、吐いて吐いて、吸って吸って吸って、の5拍子である。
その心はと言うと、「最初の吐いてのところでキック すなわち キックを左右の足で交互」である。
膝と股関節を均等に使用し、その有効使用期間を少しでも伸ばそうという魂胆である。
過去に膝を傷めた時、必ずもう一方の膝も駄目にした苦い経験があった、片方をかばってもう一方に負荷がかかるからである。両膝ともに爆弾を抱える身としては、そうっと走ることもさることながら、均等に消耗し、いつかは消滅したいと思っている。
ところで、
「そうっと」走るのは実は難しい、キックしないでそうっと脚を動かすと歩きになってしまう。
現時点での目標が「まだ走りたい」であるとすれば次の課題はキックの省エネ策となる、実に論理的だ。
走りの理想としてはキックを鋭く、脚の振出を素早く、着地は膝が腰の真下に来るように・・・であるが、これは身体すべてが正常にかつパワフルに作動しているとき、僕であれば30年前のコンディションの時だ。
どこかの動作を緩和(手抜き)するとすれば、足を前に降り出す際の腿上げをセーブするのが合理的だ。股関節をもはや酷使できないとすれば、脚の振出は力強さよりもスピードよりも、優しさが優先する。キックした脚が自然と前に出るように、別の言葉で言うと、脚をふわりと浮かせ身体全体の前方移動に付き合わせる。

そんなイメージで春陽の下ジョグしていた時、とつぜん「包丁の使い方」が頭に思い浮かんだ。
近年、朝ごはん担当になってから包丁を使うことが多い、これで結構研究心旺盛なのである。
包丁は、押し切るのではなく包丁の重さでスッと刃を落とし、そこから引き切るという基本を思い出した。

優しく脚を前に振り出す、
刃を食材に落とす様に脚を置き、
細心の注意を払って望む形状に食材を引き切る様にキックは少し力を込める。
スウッ、ストン、ピッ・・・という感じかな。

5拍子呼吸と包丁キックで陽光のもと走る「今日である」。
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