48.《 昔を口ずさむ日 》 2022/11/23

文字数 1,212文字



ジュリー(沢田研二)が主演するシネマ【土を喰らう十二カ月(2022)】の中でふろふき大根を調理しながら口ずさんでいたのが「鉄腕アトム」。
正確な歌詞ではなく、ラッラッララララー ラララ・・・のようなハミングではあったが、僕の近況に酷似していて嬉しくなった。
「なんだジュリーも僕とおんなじだ」って。

朝ごはん担当になって7年が過ぎ、メニューも豊富になり調理時間も短くなり、トラブルへの応用動作もできるようになった。今年夏からは人数が倍になったが、それにも慣れてきつつある。
その日のメニューは前夜か朝早々に決定する。
メニューとしてはパスタ、ピザ、パンケーキ、サラダ、スープ、和食、中華…沢山引き出しが増えたものだ。それでも具体的な料理は当日の朝 冷蔵庫の中を確認しながら決める、途中から内容が変わる時もある。

ピザのお供にトマトスープを作ろうと思いついたが、少し重いかな?と思いオニオンスープに変更した。オニオンスープは初めての経験なのでレシピをネットでざっとチェックし、自分の想像と大きく違わないことにニンマリしたとき、ふと歌を口ずさんでいた。
スタ・レビ&大泉洋の「本日のスープ」が飛び出してくるのならオシャレなのだけど、実際に歌いだしたのは「お富さん」。
1954年春日八郎の大ヒット(レコード140万枚)曲の、それである。
…イキナクロベイ ミコシノマーアツニ アダナスガタノ アライガミ シンダハズダヨ オトミサン・・・・
当時4歳の僕に、この歌が歌舞伎「与話情浮名横櫛」のセリフだということなど知る由もなく、ただただ大人たちが歌っている、ラジオから流れてくるこの歌を反復して聴いているうちに記憶に刻み込まれていたに違いない。
68年を経過して或る朝突然この歌詞を口ずさむというのなら感動のエッセイになるわけだけど、それはできすぎた話であり本稿はフィクションではないので、そんなことは起きない。
何かの折に このヒット曲を調べたからその由来も知っているわけであり、
・・・粋な黒塀 見越しの松に 仇な姿の 洗い髪 死んだはずだよ お富さん・・・
という正確な歌詞も承知している。

ただ、なぜオニオンスープを調理している時に「お富さん」なのか?
それに、なぜジュリーは ふろふき大根を調理している時に「鉄腕アトム」なのか?
ジュリーは74歳で僕は72歳、どうやら このお年頃は無暗に昔の歌が恋しくなるに違いない。
料理がうまくいきそうで嬉しくて、ふと意識を無にした瞬間 昔に戻るのだろうか?
人は年を取ると幼児のようになると言われる、最後は赤ん坊のように丸まって死を迎えるのがそれを象徴している。
老人が杖をつく、歩行器にすがる、最後は寝たきりになる・・・赤ん坊が這い這いし、掴まり立ちして、とうとう歩き始める。人間は結局のところ人生を一回りして元の位置に戻るのだろう。

気が付くと、「夕焼け小焼け」、「汽車」、「汽車ポッポ」も口ずさんでいた 今日である。
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