93. 《 デパートの日 》 2023/10/4

文字数 1,996文字



ぼくら団塊世代にとってデパートは「ハレ」の場所だった(少なくともぼくにとって)。
小学2年から高校4年まで10年以上生活した高松市にあったデパートが「三越」。
高松三越で買い物をするのは庶民にとって晴れがましいことだった。
「築港までパス乗って三越に」、小さい頃おばあさんたちのこんな会話が巷で話題になったことを覚えている。
高松市は北側の瀬戸内海に面した海っペりに高松駅があり、予讃線の始発駅であり連絡船発着港でもあった、だから築港と駅は同じ意味。市の中心部は見事に平坦なので日頃おばあさんたちは自転車であちこち移動するが、ハレの日は宮脇線(循環バス)に乗って築港(駅)まで、そこからお城を眺めながらぶらり三越まで歩き、買い物をして食堂でお昼を食べる・・・これがひとつのステイタスだった、60年前 昭和35年頃のお話だけど。

三越食堂のお子様ランチは、同じように子供たちにとってはハレ以上ピーカン快晴の出来事だった。お子様ランチに定番の旗が立っていたかどうか覚えていないし、食べたことがあったのかも自信がない、きっと食べたことはないと思う。
ぼくだけでなく周りの子供たちにとってもそのくらい三越は特別の場所だった。
年を経て大学の休み中、三越でアルバイトしたことがあった、エスカレータ脇のワゴンセール担当だった。その時にはもう三越コンプレックスは無く、エレベーターを上ってくるお客様に粛々と声掛けしていた。

東京にある数多のデパートに接してデパート慣れしたわけではない、学生寮、奨学金生活の身にデパートは縁がなかった。
デパート慣れしたのはそこでアルバイトしたから、デパートの内面を目の当たりにしたからだった。学生寮で代々受け継がれてきたアルバイトのひとつに、有楽町数寄屋橋阪急デパートの精肉店があった、いまでいうデパ地下である。
数寄屋橋阪急はその後移転したが当時はソニービルの向かいに立つ高級婦人商品が特徴の洒落たデパートだった。精肉店で松阪牛100g1000円だったことを、その松阪牛を飛ぶように売り捌いたのを今でもよく覚えている。
全てにおいて高松三越を凌駕していた銀座のデパートだった、商品、顧客、店員、外観すべてにおいて。

大学卒業直前に高松で結婚式を挙げ、新居は渋谷区笹塚に決めていた。
50年前のこと、1Kのアパートには不似合いの桐箪笥、洋服ダンスを嫁入り道具として妻の両親が用意してくれた。
その他の必需家具、電気製品は東京で揃えるようにとのことで資金を頂戴した、部屋のスペースに合ったものを選ぶようにと。必要だったのはキッチンテーブル・椅子、そして本棚。
既に本が生活の一部になっていたぼくは本の保管と読書するスペースを、狭いアパートにも関わらず身の程知らずにも希望したのだった。
何かいいものはないかとリサーチしたのが新宿伊勢丹デパートだった、いいものはデパートにあるという信念からの行動だ。
イケヤも大塚家具もカッシーナもなかった時代、デパートの家具フロアーには多くの商品が陳列されていた。
選んだのは「ライティングビューロー」という名称の本・小物収納、書き物机兼用の家具だった。50年が経過した現在も健在だ、勿論いろんなところにガタは来ているのは持ち主同様だが、まだまだ役に立ってくれている。
デパートの商品に間違いはなかった証だろう。

商品の安心と同時にデパートをデパートたらしめているのは店員さんの魅力だと思っている。
裏返せば、顧客には親身に接するという味気ない話になってしまうが、どうせ買うなら気持ち良く買いたいと思うのも人の常でもある。
勤め人最終章の職場に近かった大丸東京店デパートで接客術優秀な店員さんに大勢出逢ったことが今では懐かしくも愉しい思い出になっている。
デパートにはテナント派遣店員とデパート正社員店員が混在しているが、双方の店員さんに気持ちよくお付き合いさせてもらった。
その根源になるのはプロフェッショナルプライドだろう。
商品のことはすべて心得ている自信からのアドバイスに、少しは蘊蓄を語ることができるぼくも降参するしかなかった。対象となった商品はメンズファッション、帽子、フレグランスだけど、話題は商品にとどまることなく広範だった。
なによりも「お喋りするだけでいいのでお立ち寄りください」と言われて、そのとおり雑談に終始しく買い物は二の次になってしまった。
果たして良い顧客だったのかどうかわからないけれど、顧客の立場としては今でも最大級のオモテナシを受けたと思い信じている。

コロナ渦で、また加齢で、そして年金生活のため、デパートに行くことのない日が続いている。
もはや 買いたいものも思いつかないけれど、「新宿まで小田急乗って伊勢丹に」という日を夢見ている、そこでお年寄りランチでも食べようかな。

池袋西武デパートが消えてしまうニュースを聞いて、がんばれデパートと念じる 今日である。

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