63. 《 安堵する日 》 2023/3/8

文字数 1,267文字



昨年夏から同居している孫のユウキがめでたく高校普通科を卒業することになった、でも親は仕事で式に出れない。
そこでコロナも収束に向かっていることだし、なによりサンデー毎日の自由な身であるから僕たち夫婦で代理出席した。

ユウキは第27話でも登場したように小学生の時から野球一筋、公立としては神奈川ではちょっと名の売れた高校で三年間野球に精進した、その努力が報われ昨年夏の高校野球神奈川予選ではエースナンバーを背に最後の夏を戦った。三回戦で私立強豪校に敗れはしたものの、その後未練なく野球から離れることを決めこのたび無事卒業を迎えた。

この高校、昔はヤンチャで有名だったが2017年スポーツ科学科を発足させ公立としてはユニークなスポーツ教育を掲げてきた、今では県大会で上位に、また全国大会出場も果たす部も増えた、野球部もその一つになっている。
県内では慶応、東海大相模、横浜などの著名な私立校がスポーツでアイデンティティを際立たせていることは今更述べるまでもないが、スポーツ教育への真摯な取り組みを標榜する公立校のメリットは部員全員(特に3年生)が試合に出るように気配りされているところだろう。
野球をはじめすべてのスポーツは努力が成果につながる大きな魅力があるとはいえ、今の高校野球は競争が過剰ではないか?
甲子園大会優勝を頂点とした勝利優先システムがいかほど教育に貢献したのか疑問である。
ユウキが選んだのは野球を仲間と楽しむことだった、教育とは本来そうあるべきだと思っている。

そんなユウキの卒業式は意外とあっさりとしたものだった
定番の卒業式といってもいい印象のなかで、ひとつだけ妙に気になることがあった。
式の締めに当たる「卒業生答辞」は在校生からの「贈る言葉」への返礼としてのお決まりの流れではあったが、答辞を読んだ生徒が目立った。
最初、スポーツ校を代表する生徒にしてはやけに小柄な生徒だな・・・と思ったが、答辞を読むしっかりとした声、考え抜かれた言葉と文章にそのうち魅了され聞き入ってしまった。
スポーツ校にしてはというと失礼だが、答辞の人選、内容ともに洗練されていて予想外の感動を覚えてしまった。
会場から帰宅する途中で、そのことで珍しく妻とも意見が一致した。

後からユウキに聞いた話によると:
答辞を読んだのは女子生徒だった、男子の制服を着ていたし、所作も男子生徒だけれど。
2年の時、自分から男子制服を着たいと学校に申し出た、パンツ型女子制服は用意されていないので男子と同じデザインのものを着ている。
聡明な生徒で2年の時生徒会長だった、だから答辞を読むことになった。
ビックリしている僕に、「それがなにか?」と問いかけるかのように淡々と話すユウキだった。

官邸の偉い人に見てもらいたい出来事だった。
世の中はとっくに新しい波に対応しているのに、政を司る者が現状を認識していない、いやしようとしていない。
だから ユウキの高校、先生方、仲間の生徒たちを誇らしく思った。

年寄りの僕が余計な心配をすることはない、
若者に任せればいい・・・と安堵している 今日である。
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