88. 《 サーカスの日 》 2023/8/30

文字数 1,957文字



コロナパンデミックが終息し気が付いてみると生活のスケールが小さくなった(あくまでも個人の感覚だけど)。この間 古希を過ぎ、年金生活8年目、父はじめオジオバが鬼籍に入る、そんな終焉傾向の生活がスケール拡大することもまずありえないが。
コロナ緊急事態宣言が出ること数知れず、そのたびに外出を禁じているうちに3年間電車にすら乗ることがなかった。家を離れるとしてもせいぜいジョギングできる程度の距離、食料品買い出しや持病通院は外出ではなく生存行動である。

そんな閉塞感あふれる毎日に唯一明るい話題を提供してくれているのがSHOHEI OHTANI。国営放送が彼の出場する全試合をLIVE中継してくれるので我が家では基本的に全試合拝見することにしている。
その訳はいたってシンプルだ、彼がホームランを打つとこちらまで嬉しくなるからだ。
彼の二刀流が大きな話題だし、その歴史的意義も理解できるのだが投手としての勝利はホームラン数に比べると圧倒的に少ない、今日時点で10勝に対しホームランは44本。
ホームランを打つたびに「今日はよかったね」と言って一日が充実したものになる。投手の勝利は相手の力と味方の援護(自分自身の援護も)次第なので、すんなりと嬉しがることができない。
いきおいホームランに嬉々と反応する毎日だった、チームが情けない負け方をしたときでも「ホームランを打てたのでこれでいいのだ」と。

先日ヒーローにアクシデント発生、ご存じの通りの右ひじ靭帯損傷、それも一度手術した右ひじだという。
もう投手はいいのではないかとぼくは思っている、昨年に続き2年連続二けた勝利・二けたホームラン達成とか、前人未到の記録でMLBに永遠にその名前を刻んだからとか・・・功成り名を遂げたからもういい・・・ということではない。
誰もまねのできない二刀流を永遠に続けることはできない、間違いなくいつか終わりがくる。
それが今であればなおさら、その終わりを確りと見ておきたいと切々としている。
しかし、打者としてはこれからもホームランを打って僕を幸せにして欲しい。
ぼくにとって彼のホームランはある意味では「サーカス」のようなものだから。

突然「サーカス」などと言い出して申し訳ない、いつものことだけど。
ここでいう サーカスは古代ローマの愚民政治を象徴する「パンとサーカス」のサーカス。
その真意はというと『権力者が市民にパン(食糧)とサーカス(娯楽)を与えておいて政治には無関心なままにしておく』ということであり、現代においても効力のある政治手法のひとつである。
パスタで腹を満たして円形競技場でグラデュエイターの死闘に酔いしれて現実を忘れ去るローマ市民、権力者の思うつぼである。
1960年の安保闘争で学生デモが国会に乱入し多数の死傷者を出した際に、昭和の妖怪 岸信介首相が「同じ時間に後楽園球場では数万人が巨人戦を楽しんでいたではないか」との発言も「パンとサーカス」に通じるものだ。
もう少し陰謀論めいた言い方をすれば、大きな政治問題(汚職、機密漏洩など)が勃発した際に、芸能人スキャンダルが不思議とスクープされたりすることにも通じている。

ところで 今のぼくにとっての「パンとサーカス」は何に相当するのだろうか?
パンは年金だろう、国から支給される年金がほぼ食費として消えているのは笑えない比喩ではあるけれど。
サーカスは 年金生活をパッと明るくしてくれるSHOHEI OHTANIのホームランと言いたいところだが、彼はグラデュエイターではなく孤高の野球人、国民栄誉賞を辞退したほど権力に媚びない志の美しい人間だからサーカスにはなり得ないし、ぼくもホームランを見たからと言って官邸批判をやめる理由にはしない。

これまでぼくはその類の「サーカス」には手を出さないできている。
最近の典型的なサーカスはコロナパンデミック下に実施された「GO TO TRAVEL」だろう。
表向きは観光業支援のためと称しながら、超格安旅行にどれだけ多くの日本人がコロナ感染の危険を顧みず嬉々として観光地に突撃したことだろうか。
コロナに代表される感染症対策・施設・人材、何もかもが不足し、用意できなかった、対応しなかった政治中枢に批判が及ばないための「サーカス」だった。アベノマスクなどという失笑物のサーカスもあったが、これこそ愚民政治を象徴するものだろう。
そのような例は、ちょと記憶を手繰るだけでゴロゴロと出てくるし、現状進行中のサーカスもたくさんあるに違いない、気づかないだけだが。

何度でも繰り返す、SHOHEI OHTANIのホームランをこれからも見たい、そして「今日はいい一日だった」と呟きたい、細やかな願いである。
彼のホームランはぼくの人生の珠であってサーカスではないと 確信する今日である。
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