76. 《 継承される日 》 2023/6/7

文字数 1,455文字



2023年4月、すべての自転車運転者にヘルメット着用の努力義務が要請されるようになった。

小学5年の孫が自転車で遊びに出かけると言い出したのがその1カ月前、今までほとんど乗っていない自転車を整備・清掃した。
なにを隠そう(なにも隠していないが)、僕は26年間トライアスリートだったので基本的な自転車の機能そして保守は理解している。
孫のバイク(自転車のこと)はカバーをかけてはいたがほとんど使わないままだったため、チェーンが錆びていた。まずチェーンのさびを落とし、重要パーツのブレーキ、ディレーラー、ハンドルステムを確認する、タイヤのエアーは抜けきっているのでポンプで膨らませ、漏れをチェック。埃と汚れをふき取ると、まぁなんということでしょう、まるで新品のバイクのようになったではありませんか。

さて、孫はバイクに乗れるのかな?。
「ちゃんとのれるの?」 「のれるよっ(プンプン)」
ということで傍で観察してみる。
サドルを下げてくれというので下げる、すると もっと下げてという。
両足が地面につかないと安心できないようだ、つまり慣れていない、うまく乗れないに違いない。
自転車は転んで滑って、ちょっとくらい怪我してうまくなるものだ・・・と信じているがやはり心配だ。せめて頭部保護のヘルメットでもあればと思ったが、持っていない。
もしかして…と思いながら僕が長年使用したレース用ヘルメットを被らせてみた、ベルトを短く調整するとしっかり固定できることが分かった。
その日早速、ぼくが愛用したヘルメットを着けて孫は友達と近くの公園に走り去った。

そんなこともあって、子供たちのバイク姿が気になってきた。
そういえば、春休み中の小学生がグループでバイクに乗っているのを多く目にする。
皆が色とりどりのヘルメットを被っているのにちょっと驚いた。
まだこの時点で、ヘルメット着用努力義務の法改正を僕は知らなかった。
想像するに、そんなトレンドに乗って子供用ヘルメットが沢山市場に出回ってきたのだろう。

孫のヘルメットは、ハワイで購入したGIROの優れもの。
10年以上前のデザインだがまだまだイケている。
ただ経年疲労で衝撃吸収力が低減していると思われるのが心配だが、近所の広場まで往復する程度であればいいかなと思っていた。
「どう、ヘルメットの具合は?」
「このあいだ、よろけてブロック塀にぶつかった時、ヘルメットで支えたよ」
立派に役立ったのだった。


実はヘルメットとセットになるべきトライアスロンバイクはもう手元にない、一台もない。
昨年末、バイクリサイクルショップに売却した。
26年間のトライアスロン人生で4台のバイクに巡り合った、6~7年に一度新車に変えた計算になるが、最後の4台目は10年超の相性のいい相棒だった。
ラストレースになった佐渡国際トライアスロン(2012)直前に最新のホイール・チューブラタイヤに代えた。つまり売却したバイクは骨董価値しかない旧式だったが、ホイール・タイヤは一度しか使用していなかった。
もっとも、最後の使用から10年が経っているのでホイールも年代物に変わりはないのであるが、僕の心情としては「あぁ もったいない」の一言だった。

トライアスロンバイクを誰かに譲ることも検討したが、誰も思いつかない。
そんな未練がましい想いを断ち切るために、さっさと処分したバイク。
そのバイクと同じ年月を過ごしたヘルメットが孫に継承される。
トライアスリート魂のほんの少しだけでも引き渡すことができた。
いじらしい喜びをこっそりと慈しんでいる 今日である。
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