17.《 初中華の日 》 2022/5/11

文字数 2,895文字




愛犬COCOは家族である、万が一災害に遭遇して救助されるときCOCOをどうするか?
救助隊員に申告することをあらかじめ決めている・・・「家族ですから一緒に逃げます」。
先日、海老名市の防災対策に画期的追加変更があった、「ペットも一緒に避難できます」
・・その詳細も決められた。
でも、うちの場合は関係ない、COCOは家族であってペットではないのだから。

COCOはうちの三代目家族犬であるが、初代から家族犬だったわけではない。
僕が三代のビーグルと一緒に過ごすことで進化してきたように、彼ら(彼女ら)もその地位を歴史の中で段階的に改善していった。

初代ゴルビーは男の子、僕にとって初めてのワン君だった、その呼び方のとおりまだ飼い犬であって家族ではなかった。
2年目から庭で放し飼いにした(いわゆる外犬)、その時はワン君は外で生活するものだと僕は思っていた。
そこでゴルビーは独立独歩で生き抜くことに決めた、暑い夏日には砂利の上に横たわり、寒い冬の夜は毛布・布団をぐるぐると体に巻き付け、空腹に耐えられないときはトカゲを捕食し、(狭い)庭の領主として君臨した。
食事係の妻にだけ懐いたのも仕方のないことだった、ゴルビーに何度か嚙まれたことが示すように僕とゴルビーはライバル、家族ではなかった。
そんな自然児ゴルービーも、年を取って体力がなくなったとき、庭からガラス戸をひっかいて小さく鳴いた「家の中に入れて!」
その時初めてゴルビーの言葉が胸深く響いた・・・「なんでお家からほうりだされたの? 僕は何か悪いことしたの?」
明るい温かい家の中にゴルビーを入れながら、涙が知らずに流れていた。 「許しておくれよ ゴルビー」。ゴルビーは妻の腕の中で看取られて息を引き取った、15歳の長寿だった。

二代目小夏は女の子だった、今度は最初から家の中で育てるつもりだったので気性が優しい女の子に決めたのだった。
2010年 僕は定年退職、小夏受け入れ支度金は退職金から捻出した。
この後5年間嘱託待遇で働くことになったから、当初小夏の世話は妻に委ねられた、が当時彼女も仕事を持っていた。
当初から内犬として育てたため養育の手間はゴルビーの時に比べると増えたのも当たり前、妻はある時期ノイローゼー気味になった。
おとなしい性格の小夏だったが、小さな声で鳴き続けることが多かった。
妻は一大決心をしてドッグトレーナーを頼った、小夏がやってきて1年半が経っていた。
トレーニングのおかげで見違えるほど小夏は聞き分けの良い子になった、そして家族になった。
一日中家を空けていた僕はその感動を実際に体験することなく、妻の苦労話としてそんな奮闘逸話を何度も聞かされた。
2005年、晴れて働き止めしサンデー毎日を謳歌する身になって初めて小夏と時間を共有する毎日が始まった。朝、小夏の顔をお絞りで拭い、9か国語であいさつし、その後朝食を用意した。
「オッハー、グッモーニン、ボンジョルノ、ボンジュール、グーテンモルゲン、チョウン アチミムニダ、ザオ、アロハ・・・・(食べて)ヨシ」
散歩はいつも一時間、小夏のおかげで僕は自宅周りの小径や、地元の自然に初めてお目にかかることができた。
まだまだ元気だと思っていた10歳の誕生日、いつも大喜びで食べていたキャベツのバースデーケーキにそっぽを向いた。あれっ 変だなと思った3日後、何も食べなくなった、小夏本人は食べたい様子なのに体が受け付けないようだ。
その4日後おしっこが出なくなった、トイレに行っても出ない、苦しそうな小夏を僕は抱きしめるしかなかった。
毎日病院に通ったが、治療の方法はないといわれた、この子の運命でしょうとも。
誕生日から1週間後小夏は僕の腕の中で眠りながら天国に行った。
死因は脾臓の破裂だろうとのことだった、思い当たるのは小夏にいろんな料理を与えてきたことだった。
ビーグルは本来食いしん坊である、いくらでも食べもっと欲しがる、ついつい人間の食物を与えてきた、僕のせいでだった。
家族への責任を自覚しなかった、その重さに気づかなかった、悔やんでも悔やみきれなかった。
小夏がいなくなったころからコロナパンデミックが本格的になった、2020年2月29日のことだった。

2021年3月1日 小夏の一周忌、お骨を庭に埋めた、ゴルビーのすぐそばに埋めた。
ゴルビーのお墓として植えた薔薇が今では毎年大きな真っ赤な花を咲かせてくれている。
ゴルビー薔薇のちっちゃな枝を小夏のお墓に移植した、心の中で「二人仲良くしてね」とお願いした。
6月にその小枝につぼみが付き、やがて小さな花が咲いた、「ゴルビーと仲良くしてるよ」と言ってるように。

2021年6月23日に新しい家族になった三代目は、COCOと呼ぶことにした (詳細エピソード1)、ゴルビー・ドクトリンに従って小夏と同じく内犬にした。
COCOはサンデー毎日の僕にとって初めて赤ん坊から世話できる家族犬になった、言葉を変えると妻の負担を半分受け持つことだった。
現在、小夏の急死をCOCO教育の反面教師にして育児している。
ペット保険に加入した、ドッグトレーナーに早期訓練をお願いした、そしてドッグフッド以外の食べ物はCOCOには与えないルールを作った。
今COCOは1歳になったところ、ドッグフッドだけの食事、それも必要エネルギー以下の量にしている、肥満は健康の敵であるから。そのCOCOは賢くて、甘えん坊で、運動能力が高い。
小夏が最後までできなかったことをCOCOは軽々とやってのける。
例えば ダイニングテーブルに昇る、椅子を鼻で押して足掛かりを作った瞬間にテーブル上にいる、そこを闊歩する。
そこからジャンプしてフロアーに着地する、70㎝の高さから猫のように。
テーブルに食べ物があったとしても、その味も いや食べられるものだということすら知らないので気にする素振りもない。
数日前、テーブルの上でカボチャの煮つけを舐めているところを初めて見つけて速やかに排除した、夕食の用意の最中だった。その時僕は過信していた、COCOはドッグフッド以外に手(口)を付けないだろう、食べ物の認識がないだろうと。
その翌日、朝ごはん担当の僕が作ったのはチャーハン、定番メニューの一つだが、最近腕を上げてきた一品だ。マイ「中華料理」と言って自己満足しているくらいだ、この朝はベーコンベースの味付けに各種お野菜の残り物をちりばめた。
家族(人間)一名が食卓に遅れたので、チャーハンはスープと一緒にテーブルに置いたままにして、洗い物をしていた。
一瞬嫌な静けさがあった後、「ダメでしょ!」の声が上がる。
COCOがテーブルの上に上がり、チャーハンを食べつくしていた、その間数秒だった。
僕のチャーハンはかなりのボリュームが自慢だ、COCO のドッグフッドに換算すると10回分はあるに違いない。
抱き下ろしたCOCOのお腹は大きくぷっくりと膨らんでいた、それもそのはず、ついさっき朝のドッグフッドを吸い込みながら食したばかり。

COCOにとって充実した「今日である」、初中華の日。
でもね、
チャーハンだけでなく、「野菜も食えよ!」
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