120. 《 4年に一度の日 》 2024/4/10

文字数 2,229文字



生成AIにこんな質問をしてみた。
「4年に一度のものって何?」

回答は次の通りだった:
【4年に一度のものとしては、オリンピック・パラリンピックのほかに、うるう年があります。うるう年とは、通常よりも日数が多い年のことで、具体的には2月が1日増えて、365日ではなく366日となります。うるう年は、地球が太陽を1周するのに365日と5時間48分46秒かかるという事実に合わせて、カレンダーのズレを補正するために設けられたものです。しかし、うるう年は必ず4年に一度来るわけではなく、西暦が100で割り切れて、400で割り切れない年は、うるう年としないというルールがあります。例えば、2100年はうるう年ではありません。
うるう年は、オリンピックと同じく、4年に一度の特別な年と言えるでしょう。】

今年2024年は100でも400でも割り切れないので「うるう年」になり、一年間が366日となるので本年をサバイバルすれば、一日得したことになるのかな? 

AIからの回答にもあったように今年は同じく4年に一度の夏オリンピック・パラリンピックがパリで開催されることになっている、
ということはオリンピックの年は原則としてうるう年なのであり、上記の通り2100年のオリンピックは希少な(非うるう年オリンピック)になるらしい。
そんな先のことなど知ったことではないが、できる事ならばその時までにオリンピックが消滅している方が望ましい。

以前オリンピックの弊害を列挙してみたことがある。(還暦文庫「で、オリンピック止めませんか?/2019」参考)もう一度確認しておこう。

1.どんどん膨れがるオリンピック開催費用 (総額3兆円になる)
2.都市計画の変更なしにスタジアム建設はできなかった(住民が移転させられ跡地に高層ビルが建つ)
3.巨大イベントは利権の巣 (オリンピックはスポンサー企業にとって金のなる樹)
4.オリンピック招致で多額の賄賂 (疑惑の2億3千万円)
5.ボランティア搾取の闇 (無償の善意を悪用する)
6.生活者の排除 (貧民層の立ち退き排除)
7.オリンピックのためのテロ対策 (治安管理強化の実験場、自衛隊の治安出動も検討)
8.「復興オリンピック」は棄民政策 (アンダーコントロールの白々しい嘘)
9.アジアの森林を破壊するオリンピック(明治公園の緑、インドネシア、マレーシアの熱帯天然林の犠牲)
10.オリンピック建設現場の現実 (過重労働、移民労働者の法制化)
11.動員される子どもたち (オリンピック・パラリンピック教育の陰にある道徳教育)
12.天皇・日の丸・君が代 (象徴としての元首天皇の開会宣言)
13.聖火リレーってなんだ?(ナチスが始めたオリンピックトーチリレーは今日本で祝祭の欺瞞になる)
14.パラリンピックと優生思想(傷病兵のリハビリに起源があるパラリンピックは障害者のなかの差別を生み出す)
15.アスリートの身体も破壊される(健康より勝つことが優先、スポンサー・サポーター・国のため)
16.クーベルタンとオリンピズム(人種、性の差別、平和を戦力の均衡とする)
17.戦争とオリンピックはつきものだ(国家主義発信のため)
18.世界各地で反オリンピック運動(立候補する都市が無くなった)

今年は上記16.にある近代オリンピックの基礎を築いたクーベルタン男爵出生のフランス・パリ大会だけに、おそらくクーベルタンの思想が美化され歪曲されて讃えられることになりそうで心配している。
おりしも2025大阪世界万博はマスイベント依存の時代錯誤、税金の無駄遣いという批判が高まっていながら、実に日本的な責任者不明という混沌の中で悲惨な結末にまっしぐら突き進んでいる、まるで太平洋戦争の愚を繰り返すかのように。
札幌市が冬季オリンピック開催立候補を放棄したのは、その意味では日本人の決断としては稀有のことであり、高く評価される。
もっとも、金詰りの日本ならではの撤退だったのかもしれないが。

オリンピックはIOC、各国OCそして開催地(国も含めて)の裏金作り(賄賂)の格好の隠れ蓑だったことも明らかになってきた。
政治的背景に嫌悪を覚えている以上に、商業主義を標榜する現代オリンピックには共感するところは皆無だ。
アスリートの立場で言えば、競技別のピュア―な世界大会が年に一度で十分である、4年に一度の特別な意味は何処にもない。
スポーツがこれ以上権力者のパンとサーカスに堕ちることがないことを願っている。

もう一つの4年に一度が「うるう年」であることは前述のとおり。
実は2024年2月29日をずっと待ち続けていた。
二代目家族犬「小夏」が亡くなったのが2020年2月29日、今年ようやく法要を営むことができた。
命日29日は毎月巡ってくるが祥月命日は4年に一度という悲しくも珍しい運命だった小夏。
法要は2月28日でも3月1日でもよかったし、実際に命日前後にお経をあげ魂を悼んできたが、実感が伴わなかった。


4年間じっと待ち続けた2024年2月29日当日、ひとりきりで静かに仏説阿弥陀経を捧げる。
法事宴席の代わりとして近親者3名で小夏の遺影を囲んでランチをいただいた。
小夏が大好きだったビーフのお店なので、きっと小夏も満腹になってくれたに違いない。
4年に一度が長すぎるのか、あっという間の4年だったのか? 
どちらも小夏の不在を慰めてくれるものではない。
「また一緒に遊ぼうね」と約束した 4年に一度の 今日である。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み