66. 《 LVが終わった日 》 2023/3/29

文字数 2,038文字



LVと言えばルイ・ヴィトンだけど、本エピソードでは違う意味で使用する、最初に申し上げておくけど。

64歳の時 定年延長嘱託社員だった、と言えば聞こえはいいが1年単位の契約社員待遇として給料が定年時の三分の一以下に減少していた。
不合理を抗議したものの「ほかの人もそうだから」という日本式同等圧力に押し切られ、「それでは今までの三分の一しか仕事はしません」と開き直り明言して、残り期間を耐えて過ごしたのも年金満額を頂戴するためだったが、それでも身の回りをきれいに整理して後顧の憂いない理想の飛び立つ鳥になろうとしていた。
組織から要求されないにも関わらず、今まで手掛けていたジョブすべての内容、説明、注意点を網羅した「引継職務大全」を作成したうえで、データだと上層部は開くことさえしないという確信があったので、紙にプリントアウトした三部セットを、関係部署に配ってみた・・・嫌味なことをしたものだ、結局は跡を濁した鳥になってしまったかもしれない。
引継データも含めてすべての業務を65歳の働き止めの日にぴったりと終了させて忘却の彼方に投げ捨てた。
ひとつだけ当時の記憶で今でも忘れることができないでいるのは、急激な給与減少のために、生活保護金をお国から毎月支給してもらったことである。

64歳時点で、しかしながら僕の個人口座には1000万を超える資金が残されていた、生活費に一切かかわらない資金が。
「定年に際して2000万円最低必要」という直近の議論などなかったころだったので、これを元手に倍増して2000万円にして老後に備えようとは思い至らなかったが、それでも有効使途に関してあれこれ思案した覚えはある。
株取引の上手な友人に聞いたところ、「なくなってもいい1000万円があれば挑戦してみたら」と言われて怖気づいた。
定期預金という手もあったが、過去何回始めても最後は解約してしまったトラウマから、これも選考から外れた、なによりふざけた金利だった。

1年後には月額25万円以内ですべてを賄う「悠々自適」年金生活が始まる、決して終焉に向けての「憂憂自敵」にならないよう、自らを律し憂を感じない年金生活を送りたいものだとその時強く思った。
一番の気懸かりは、いつまで健康な心身でいられるか、という誰にも答えの出ない不安だった。
当時 男性平均健康寿命が70歳を越えると報じられていた、そうすると健康な年金生活を過ごせるのはせいぜい5~10年だろうぐらいは計算できた。
その裏付けとして、払い込んだ年金保険掛金総額と支給年金総額がイコールなるのが9年目、見事に健康寿命とリンクしているように想えた。
せめてそれまで頑張る・・・「年金生活10年」が一つの目標になった。

資金を10年間楽しく過ごすために使うという結論が出た、
名付けて「LV(最後のヴァケーション)資金」。
「おいおい、万が一のことがいつ起きるかもしれないだろう、そのときはどうする?」 僕の裡なる臆病心が訊いてきた。
難病、事故、事件・・・悪いことを思いつけばキリがない、今までの人生でもそうだったように「その時はその時」と腹を括った。

65歳、僕の年金生活開始とともにLA資金プランが動き出した。
それまでも51歳(2001年)から毎年12月はホノルルマラソンに出ることを理由に一週間ほどハワイを満喫してきていた。
LV継続は年金生活では到底叶わない贅沢だが、資金のおかげで2015年(65歳)から2021年(71歳)まで毎年ハワイに渡った。

その後妻がハワイまでの長旅は苦痛だということで、その代わりに別途妻と二人で近場のアジアに旅行した、台湾(2016) ハノイ(2018) バンコク(2019)、妻の体調に負担の無いようフライトはビジネスクラスを選択した。
孫たちの卒業旅行(小学卒業時)を企画、お墓参りを兼ねて故郷香川県の名所を旅行した、2017(高松・金比羅) 2022(高松・小豆島)2022(高松・レオマワールド)。
旅行以外でも、子供・孫(計11名)の誕生日プレゼントをはじめエンターテイメントの費用はすべてLV資金でカバーした。

2021年12月のホノルルマラソンを最後にレース引退を決意したのは、平均健康寿命目前の71.9歳完走を達成できたからであり、それは取りも直さずLV資金が当初の目的を果たし終わったことでもあった、予定より数年早かったのは残念なところだが思い通りにならないのも人生である。

さて、正真正銘の年金生活を始めて2年目になる2023年である。
平均健康寿命を超えストレッチングなしでは体が潤滑に動かない、物忘れが多くなり物覚えが悪くなった、すべて年寄り症候群だから無理に抗うことはしない、無駄な抵抗はしない。
毎日食事をいただけ、少々お酒を飲め、シネマを見て、本を読み、担当する家事はちゃんとこなす。
そんな 絵にかいたような枯れた高齢年金生活者に、僕はなりたい。
・・・・と 殊勝なことを考えながらそっと溜息をついている 今日である。
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