74. 《 お隣さんの日 》 2023/5/24

文字数 1,400文字



(^^♪
とんとん とんからりと 隣組
格子(こうし)を開ければ 顔なじみ
廻して頂戴 回覧板
知らせられたり 知らせたり 
(^^♪

1940年に作られた戦時歌謡「隣組」一番の歌詞である。
銃後を守る心構えを訴えながら相互監視を暗に推奨しているように思えるけれど、何せ僕の生まれる10年前のお話だからその実態は定かではない。
この歌 よっぽど日本人の音感にフィットしているのだろう、80年を過ぎたいままた東京ガスのCMに替え歌で使用されている。

この歌詞をよくよく眺めてみると、実は庶民の生活は今も昔もあんまり変化していないことに気づいて愕然とする。
向こう三軒両隣・・という言い回しもあるように日本人の生活の最小単位としての隣組の機能は維持されてきている、町内会や自治会として。
「回覧板」という前世紀の遺物のようなアナログ通信手段も、AIが跋扈する今でも隣から回ってきて、それを隣に回している!
格子戸を勝手に開けることはないがその代わりに近所のスーパー、公園、垣根越しでのコミュニケーションは健在だ。
戸建ての前には集合住宅に住んでいたが、そこでもいま以上に隣組との交流は濃密だった。
個人の自由が蔑ろにされているとは決して思わないが、お隣さんとの付き合い、地域社会との連携に依存しているのが日本なのだろう。

そうはいっても、人は年を重ね命を全うし家屋は様変わりしていく、今の住居に移って30年近くになるのでお隣さんも変わった。
ちょうど四つ辻の角なので、向こう三軒は角を挟んで二軒、隣は一軒ということになる。

お向かいの御夫婦はいつも夕食が早かった、大きな声で「お父さん御飯ができましたよ」と呼びかけるのが夕刻5時半。
今僕らも5時半に夕食を食べ始めるようになり、大きな声で呼び合っているところも同じになった、怖いほどに同じ道を歩んでいる。
大相撲中継もお向かいのTVから取り組みの様子がよく分かった、いまTVの音が大きすぎると家族に叱られている僕がいる。
そんなお向かいさんも、奥様が亡くなったすぐそのあと旦那様も追いかけるように逝った。
お向かいが更地になり、今は二軒に分譲され若い方たちが入居した。
新しいお向かいさん二軒も、僕らの早い夕食や大きな声に驚いているのだろうか、ちょっと心配だけど興味もある。

はす向かいのお家はお子様に代替わりし、野菜や手作りジャムをやり取りする機会は今ではなくなった。近くの高層住宅に移った両親ご夫婦には会おうと思えば会えるのだが会うこともない、隣組はもともと隣だからのお付き合いだと実感した。

もう一軒のお隣さんは庭フェンスを隔てただけの文字通りのお隣さん、奥様同士庭からの立ち話が盛んだ、フェンス端会議とでもいうのかな?
お隣さんは僕たちより少し年長なので、いろいろと教えていただくことが多い。
先日も妻がちょっといい話をフェンス端会議で仕入れてきたた・・・

『 お孫さんが大学に入ったのでお祝いに東京方面にでかけた、このお孫さんは長男の子供。
長女のお子様は一足先に小田急電鉄に入社している。お隣の奥様はロマンスカーで新宿に向かったそうな、それも孫が車掌で勤務しているロマンスカーを選んで。入学祝を膝に孫のアナウンスを聞いてとっても幸せだったって 』

お隣さんのちょっといい話は僕たちにもちょっといい話なのである。
「お向かいさん」、「はす向かさん」のちょっといい話も聞きたいなと 
願っている 今日である。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み