第118話  四度目の歴史

文字数 2,938文字

 2019年(令和元年)12月半ばの蔵入りの日

 この蔵入りの日に出席した参集者全員が、栞の話す驚愕の事実に息をすることさえ忘れ、身体がまるで石のように固まり身動きすらできなかった。

「皆、ここで休憩にしましょう」
 
 栞の言葉に皆身体の力がほっと抜けるようであった。
 時刻はすでに夜になっていたが、栞の創った空間は未だ穏やかな昼の日差しに包まれていた。

 参集者は、皆思い思いに休憩しながら思いは小さな相違はあっても同じであった。
 
 (我々は、過去から未来へと流れるただ一つの時間の中で、ただ一つの世界を生きていると疑ってもいなかった。
 母君様のお言葉は真実だろう。いや、真実に違いない。
 始祖様と母君様は日本を救うという使命の為とは云え、何度も生まれ変わり、日本のために働き、そして我らを導いてこられたのだ。
 決して戻ることが出来ない過去に強制的に戻らされ、試行錯誤しながら力を尽くされてきたのだ。
 再び愛する人に巡り合えたとしても、悲しい別れも多くあったことだろう。
 それでもお二人は悠久ともいえる気が遠くなるような時間の中で誰にも知られることもなく力を尽くされてきたのだ・・・・・)

 参集者は皆、拓馬と栞のいつ終わるとも分からない孤独の闘いに厳粛な気持ちを(いだ)き、これから(おのれ)がなすべきことにそれぞれの想いを馳せるのだった。

「それでは、また始めましょう」

 栞の呼びかけで思念による指図は再開された。

 ■■■

 三度目の歴史では、新型コロナのために東京オリンピック直前に予定されていた中鮮ロの三ヶ国による日本台湾への侵攻は中止されていた。
 しかし、栞が最後に予知で見たのは2022年北京冬季オリンピックの直後、中国が台湾へ電撃的に侵攻し、同時に北鮮が南鮮へ、そしてロシアは北海道ではなくウクライナ東部南部へ進軍したものだった。
 
 中国は、台湾へ侵攻したが、沖縄などの日本への侵攻はしなかった。
 北鮮も南鮮へ侵攻したが、対馬や壱岐への侵攻はしなかったのだ。
 二ヶ国とも自国内の内政問題であるとの立場を世界へ主張したのだった。
 ロシアは、ウクライナ領内でのウクライナ系とロシア系住民との衝突からロシア人を保護するという名目でウクライナ東部と南部へ侵攻を開始したのだった。
 
 ロシアは、2014年のロシアで開催されたソチ冬季オリンピックの直後にウクライナのクリミヤ半島に義勇軍などを偽装して軍事行動を起こすという形で侵攻し、ロシアへの併合を行ったのだが、その支配をより確実なものとするため、以前からウクライナの東部および南部の支配を画策しており、クリミヤ侵攻の時と違い、正規軍を堂々と進軍させたのだった。

 三ヶ国とも東京オリンピック直前の日本台湾への侵攻を(あきら)めざるを得なかったが、より確実に領土を獲得する作戦に変更したのだ。
 アメリカはユーラシア大陸の東西において作戦行動をとらざるを得ず、戦いに苦戦することになる。
 また、アメリカ民主党は、オダマ大統領時代から中国との経済的政治的結びつきが強く、当時の副大統領であったバイゼン大統領のファミリーも中国企業と利益共同体とも言える親密さであったので開戦初期に思い切った行動がとれず、そのままずるずると中国と北鮮による台湾、南鮮の占領を許してしまう結果となってしまい、ひいてはロシアのウクライナ侵攻に対しても有効な手を打つことが出来なかった。
  
 中鮮ロの三ヶ国侵攻はアメリカの敗北という結果に終わり、アメリカの国際的な威信は地に落ち、その後は独裁国家である中鮮ロの三ヶ国が国際外交においても有利な立場を築いていくのだった。
 日本は、アメリカと共に参戦し、自衛隊員に多くの犠牲者を出すものの得たものはなく、その後、中鮮ロ三ヶ国の圧力に苦しむこととなるのだった。

 ■■■
 
 再び2019年(令和元年)12月半ばの蔵入りの日

「私が、三度目の歴史の最後に予知で見た戦争の結果は日本のみならず、世界にとっても悲劇でした。私と始祖様は今世の四度目の歴史では、この悲劇を食い止めることが使命だと確信しています」 
 
 栞の指図は続いた。

 拓馬と栞は、四度目の歴史では、やはり大東亜戦争(第二次世界大戦)後に五菱財閥は解体されることが予知されたが、今回は国難に備えるため五菱財閥を復活させる必要があると考えていた。
 そのため、前回までの歴史と違い、山崎家の力を温存強化することに力点を置いた。
 
 まず、山崎領の技術と領民を山崎四天王家を含め四散させることなく発展させるとともに、戦国末期に領民らとともに土佐に下向し一条家に仕えることとした。
 表面上は、長曾我部氏に滅ぼされようとしていた一条兼定を救いたいという帝の思し召しによる勅命に従ったということであったが、四国は極端に京の都から遠くないということと、土佐を拠点として外国との貿易によって力と財を蓄えることが目的であった。
 また、勅命に従うという形を取ることによって、自ら過度に政に干渉すると強制的に歴史のやり直しをさせられるという(かせ)を避けることが出来たのだった。
 対外的にも、山崎家は一条家の家臣であり、内実はどうであろうと表向きは一条家の命令によって動いているのであると言えた。
 位階についても、土佐一条家の極位は正二位、山崎家は従三位であったので可笑(おか)しな話ではなかった。
 
 また、徳川幕府との合戦になっても四国という海を隔てた場所は都合がよかった。
 幕府の支配が及ばない土佐という半独立国の実質的な盟主として比類なき強さと財力を持った山崎家は、明治維新後の経済活動においても薩摩長州の意向にさして左右されることもなく、強力な財閥を形成することが出来、政商の五菱と言われることもなく実力を蓄えることが出来た。
 さらに、三度目の歴史で成し得なかった五菱財閥の復活も可能になったのだった。

「さて、これで現在までの歴史の流れは一応終わりです。これからが本日の蔵入りの本当の指図になります」

 夜も更けていたが、栞のヒーリングの能力によって参集者に疲れの色は全くなかった。

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 私たちの世界は、この物語の三度目の歴史の中にあります。
 しかし、現在この時も少しづつ拓馬と栞のような何者かによって、あるいは別の何かによって四度目の歴史へと改変が進んでいるかもしれません。
 そして、いつの間にか歴史が変わっていても、誰もそれに気づく人はいないでしょう。
 しかし、ごく少数の人は何かのきっかけで過去の歴史を思い出すかもしれません。
 そのとき、人は何を思うのでしょうか。
 帰らない過去を思う時、淡い哀しみを感じますが、その過去がいくつもあったなら(とら)われてしまうかもしれません。
 生まれ変わりも同じでしょうね。
 過去(世)に囚われずに生きるには、人は只、今を懸命に生きるしかないと思いますが、何か余裕を持って生きたいとも思います。
 皆さんはいかがですか。

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