第31話 竹田製薬工業の再生~進展のきっかけ
文字数 2,297文字
2個のブリーフケースの中を改めた後、井上里帆は何日も悩んだ。
父は、なぜ竹田社長ではなく、
「山崎弥太郎氏に連絡を」
と言ったのか?
山策弥太郎と言えば、五菱重工の社長ではないか。
世が世なら、五菱財閥の四代目総帥だ。
どうやったら、小娘の自分が連絡なんか出来ると言うの?
ブリーフケースの中身も問題だ。
いや、問題があり過ぎる。
自分には手に余り過ぎる。
冷静になると恐ろしい。
もし、これを公にしたら、どの様な問題が生じるのか想像もつかない。
下手をすると、名誉棄損で訴えられるかもしれない。
家族に相談しても、どうしたら良いのか結論は出なかった。
当然だ。
しかし、父の遺志は、どうにかして継ぎたいと思う。
婚約者の裕次さんに相談してみようか。
いや、駄目だ。
なんの方針も解決策も見出せない今は、裕次さんを巻き込む訳にはいかない。
父の最後の言葉は、
「無理はしなくてもいい」
だった。
これは、娘を巻き込んでしまうかもしれないことの後悔と、深入りはしなくてもいい、出来なければそれでもいいという父親としての気持ちであった。
里帆も、父の気持ちはそうだろうと思った。
しかし、さらに、もし、父の遺志を継いでくれるのなら時期を見て動け、ということを、わずかな期待を込めて示唆しているのではないか、と考えた。
里帆は、事の大きさの前で、一旦立ち止まる選択をした。
しかし、何とかして機会を掴みたい、どの様に機会を作れば良いのかと考える日が続いた。
婚約者の裕次に話せば、彼は協力を申し出てくれると思う。
しかし、そうでない場合もあるだろう。
どちらにせよ、その時は二人にとって重大な決断をしなければならない。
覚悟を決めなければ。
里帆は、一つでも何らかの方策を思いついた時には、彼に話そうと考えた。
だが、何の方策も思いつかないまま、いつの間にか1年が過ぎた。
高田裕次は、里帆の父親の修一が亡くなった後も変わらずに里帆を愛した。
里帆も裕次との交際が長くなるほど、ますます裕次に魅かれていった。
もし、彼が去ることになったらと思うと、怖くて全く前へ進めなくなっていた。
披露宴の招待状まで出来てしまった。
裕次は、2、3日内に配ってしまう積もりだと言っていた。
明日は、裕次の親友の吉岡家の夕食会に招待されている。
それが終わったら裕次に話そう、里帆は決心した。
吉岡家での夕食会の翌日、高田裕次は、所属する第1分野統括であり、今回の結婚の仲人役でもある近藤康平に井上里帆との結婚披露宴の招待状を持って行き、近藤のデスクの傍にある小さな応接スペースで、近藤に求められるまま話し込んでいた。
近藤は、井上修一と昔からの親交があり、里帆のことも小さい頃から知っていた。
二人が結婚を決めた頃から、もし結婚するなら私が仲人をするからな、と二人に伝えていた。
そのような縁で近藤が仲人をすることは、周囲も皆知っていたが、そうすると自然と高田裕次も生え抜きの社長派として見られるようになるかもしれない。
近藤は、生え抜きの社長派として知られていたからだ。
だが、この頃の高田裕次は、それでもいいと思うようになっていた。
高田裕次は、会社と歴代社長の経営理念に元々賛同していたし、現社長の竹田智之の経営姿勢を見て、その気持ちはさらに強くなっていたからだ。
だから、高田裕次は、安心して近藤と話し込んでいた。
招待状は、会費制であるため、主催者が複数の幹事の連名で記入されていた。
「高田君、この幹事代表の吉岡孝太郎という人は、初めて名前を見るんだが、社内の人かね?」
「いいえ、私の高校時代からの親友です。五菱商事国内商事部門の営業課に勤務しています」
「・・五菱の吉岡・・吉岡・・どこかで聞いたような気がするんだが・・・」
「彼の父親は、五菱重工総務部長の吉岡修一氏です」
「そうか、思い出した・・私が聞いたのは一年前だったから、その時は、人事部次長だったよ。昇進されたんだろうね。
五菱重工では、豊川副社長に次ぐNO.3だと言われていてね。本来なら早くに重役になっていてもおかしくない人だそうだ。
豊川さんは、山崎社長の腹心と言われている人でね、吉岡さんは、山崎社長が兄とも慕う人だと聞いた事があるよ」
その日の夜、井上家の食卓では、里帆の婚約者である裕次を交えて、楽しい夕食の団欒が行われていた。
裕次の両親は、県外で裕次の兄夫婦と住んでおり、裕次は、会社近くのアパートに一人暮らしであった。
結婚後は、里帆の家族と同居することが決まっており、時々、こうやっては里帆の家族と食事を一緒にするようになっていた。
裕次は、会社での今日の出来事が話題になった時、何気なく上司の近藤との会話を話した。
里帆の家族の食事の手が止まった。
皆が裕次を注視し、そのまま食事を再開しようとはしなかった。
里帆は、食事の後、父が残したブリーフケースについて、裕次に話す積もりだった。
だが、まさかこの時、裕次からこのような話がもたらされるとは。
「・・裕次さん、父の書斎に来てくれないかしら・・見せたいものがあるの・・・」
----- 裕次と里帆が、訪れた吉岡家の応接間にて -----
「・・おじ様、五菱重工の山崎社長は、竹田製薬工業について、どの様にお考えかご存知ありませんか・・・」
唐突な里帆の質問と、この場に不自然な二つのブリーフケース、そして真剣な二人の目を見て、吉岡幹一は即座に全てを話すことを決断した。
この日から、五菱重工社長山崎弥太郎の竹田製薬工業再生計画は、一気に加速することになった。
父は、なぜ竹田社長ではなく、
「山崎弥太郎氏に連絡を」
と言ったのか?
山策弥太郎と言えば、五菱重工の社長ではないか。
世が世なら、五菱財閥の四代目総帥だ。
どうやったら、小娘の自分が連絡なんか出来ると言うの?
ブリーフケースの中身も問題だ。
いや、問題があり過ぎる。
自分には手に余り過ぎる。
冷静になると恐ろしい。
もし、これを公にしたら、どの様な問題が生じるのか想像もつかない。
下手をすると、名誉棄損で訴えられるかもしれない。
家族に相談しても、どうしたら良いのか結論は出なかった。
当然だ。
しかし、父の遺志は、どうにかして継ぎたいと思う。
婚約者の裕次さんに相談してみようか。
いや、駄目だ。
なんの方針も解決策も見出せない今は、裕次さんを巻き込む訳にはいかない。
父の最後の言葉は、
「無理はしなくてもいい」
だった。
これは、娘を巻き込んでしまうかもしれないことの後悔と、深入りはしなくてもいい、出来なければそれでもいいという父親としての気持ちであった。
里帆も、父の気持ちはそうだろうと思った。
しかし、さらに、もし、父の遺志を継いでくれるのなら時期を見て動け、ということを、わずかな期待を込めて示唆しているのではないか、と考えた。
里帆は、事の大きさの前で、一旦立ち止まる選択をした。
しかし、何とかして機会を掴みたい、どの様に機会を作れば良いのかと考える日が続いた。
婚約者の裕次に話せば、彼は協力を申し出てくれると思う。
しかし、そうでない場合もあるだろう。
どちらにせよ、その時は二人にとって重大な決断をしなければならない。
覚悟を決めなければ。
里帆は、一つでも何らかの方策を思いついた時には、彼に話そうと考えた。
だが、何の方策も思いつかないまま、いつの間にか1年が過ぎた。
高田裕次は、里帆の父親の修一が亡くなった後も変わらずに里帆を愛した。
里帆も裕次との交際が長くなるほど、ますます裕次に魅かれていった。
もし、彼が去ることになったらと思うと、怖くて全く前へ進めなくなっていた。
披露宴の招待状まで出来てしまった。
裕次は、2、3日内に配ってしまう積もりだと言っていた。
明日は、裕次の親友の吉岡家の夕食会に招待されている。
それが終わったら裕次に話そう、里帆は決心した。
吉岡家での夕食会の翌日、高田裕次は、所属する第1分野統括であり、今回の結婚の仲人役でもある近藤康平に井上里帆との結婚披露宴の招待状を持って行き、近藤のデスクの傍にある小さな応接スペースで、近藤に求められるまま話し込んでいた。
近藤は、井上修一と昔からの親交があり、里帆のことも小さい頃から知っていた。
二人が結婚を決めた頃から、もし結婚するなら私が仲人をするからな、と二人に伝えていた。
そのような縁で近藤が仲人をすることは、周囲も皆知っていたが、そうすると自然と高田裕次も生え抜きの社長派として見られるようになるかもしれない。
近藤は、生え抜きの社長派として知られていたからだ。
だが、この頃の高田裕次は、それでもいいと思うようになっていた。
高田裕次は、会社と歴代社長の経営理念に元々賛同していたし、現社長の竹田智之の経営姿勢を見て、その気持ちはさらに強くなっていたからだ。
だから、高田裕次は、安心して近藤と話し込んでいた。
招待状は、会費制であるため、主催者が複数の幹事の連名で記入されていた。
「高田君、この幹事代表の吉岡孝太郎という人は、初めて名前を見るんだが、社内の人かね?」
「いいえ、私の高校時代からの親友です。五菱商事国内商事部門の営業課に勤務しています」
「・・五菱の吉岡・・吉岡・・どこかで聞いたような気がするんだが・・・」
「彼の父親は、五菱重工総務部長の吉岡修一氏です」
「そうか、思い出した・・私が聞いたのは一年前だったから、その時は、人事部次長だったよ。昇進されたんだろうね。
五菱重工では、豊川副社長に次ぐNO.3だと言われていてね。本来なら早くに重役になっていてもおかしくない人だそうだ。
豊川さんは、山崎社長の腹心と言われている人でね、吉岡さんは、山崎社長が兄とも慕う人だと聞いた事があるよ」
その日の夜、井上家の食卓では、里帆の婚約者である裕次を交えて、楽しい夕食の団欒が行われていた。
裕次の両親は、県外で裕次の兄夫婦と住んでおり、裕次は、会社近くのアパートに一人暮らしであった。
結婚後は、里帆の家族と同居することが決まっており、時々、こうやっては里帆の家族と食事を一緒にするようになっていた。
裕次は、会社での今日の出来事が話題になった時、何気なく上司の近藤との会話を話した。
里帆の家族の食事の手が止まった。
皆が裕次を注視し、そのまま食事を再開しようとはしなかった。
里帆は、食事の後、父が残したブリーフケースについて、裕次に話す積もりだった。
だが、まさかこの時、裕次からこのような話がもたらされるとは。
「・・裕次さん、父の書斎に来てくれないかしら・・見せたいものがあるの・・・」
----- 裕次と里帆が、訪れた吉岡家の応接間にて -----
「・・おじ様、五菱重工の山崎社長は、竹田製薬工業について、どの様にお考えかご存知ありませんか・・・」
唐突な里帆の質問と、この場に不自然な二つのブリーフケース、そして真剣な二人の目を見て、吉岡幹一は即座に全てを話すことを決断した。
この日から、五菱重工社長山崎弥太郎の竹田製薬工業再生計画は、一気に加速することになった。