第107話  二度目の歴史~平治の乱

文字数 1,872文字

 拓馬は、底冷えのする冷気に目が覚めた。
 辺りは薄暗く、小雪が降っていた。

「母さん、母さん、目を覚まして」
「うーんっ、・・拓馬⁉・・・私たちはどうなったの?・・・」
「・・多分、転生だと思う・・姿かたちは元のままだけど、気が付かない?」
「・・あっ、・これは肉体?」
「そう、実体化ではなく、正真正銘、肉の身だよ」
「拓馬・・それにここは?・・私たちがいた日本?」
「間違いない。日本だ。しかし、時代が違う」

 しばらく、拓馬は瞑想した後、
「平治の乱があった頃、860年も昔だね。だが、詳しいことは後で。帝が危ない、急ぐよ」
 二人は、手を繋ぐと精神を集中した。
 肉の身を得ても、能力は使えるということが、二人には何となく分かっていた。
 そうだとしても、初めての肉体を纏っての能力の行使は、やはり慣れないものであることも当然だ。
 二人は、慎重に騒乱の只中へ転移した。

 ----御所から六波羅へ向かう途中の寺院----

「主上は何処におはします‼、主上‼」
「主上!、主上!」

 燃え盛る寺院の中で、二条天皇に仕える武士や舎人(とねり)、女官、公卿たちが必死の形相で彼らの主を探していた。

 先年の保元の乱(保元元年)で後白河天皇の参謀役として活躍し、乱の後、多くの所領と政権を掌握した信西(藤原通憲)に反発した藤原信頼、源義朝らのクーデターが、平治元年12月に勃発した。
 彼らは、後白河上皇(後白河天皇は、保元三年に二条天皇に譲位し上皇となる)を二条天皇のいる内裏に軟禁すると、信頼は独断専行で臨時除目(任官の儀)を行うなどした。
 これに憤った三条公教らは、平清盛を味方にすると、後白河上皇と二条天皇の脱出計画を企て、後白河上皇は、仁和寺へ脱出を果たし、二条天皇は清盛がいる六波羅へ行幸しようとした。
 天皇が、六波羅へ行幸すれば、清盛らは官軍となり、信頼、義朝らは朝敵となってしまう。

 そのため、源義朝は、これを阻止せんと軍勢を差し向けたので、天皇を護る武士たちと戦闘になり、二条天皇は、途中の寺院に避難した。
 ところが、騒乱の最中、何かのきっかけで火災が発生し、火は、たちまち寺院の中に広がっていった。
 天皇は、火災の混乱と燃えながら落ちてくる梁や天井の中を逃げ惑ううちに、近習たちと(はぐ)れてしまったのだ。

 二条天皇の前に燃える天井が落ち、天皇はもはやこれまでかと観念し目を瞑ったのだが、一向に何事も起こらず、不審に思った天皇が目を開けると、奇妙な風体をした男女が側に立っており、何かの結界が張られているのだろう、火の熱さを感じることが全くなかった。

「そなたたちが、我を助けてくれたのか?」
「はい」
 と拓馬が答えた。
「助かった、ありがとう。そなたらは陰陽師なのか」
「いえ、同胞(どうほう)です」
 今度は、栞が答えた。
同胞(どうほう)?・・そうであるな、日の本の民はすべて同胞(はらから)である」

 天皇を囲むように拓馬と栞は、寺院を出て、六波羅へと向かった。
 途中、はぐれてもうだめかと思っていた舎人や女官などの近習、公卿なども合流し、駆けつけてきた清盛の軍勢に護られながら六波羅へ進むことができた。
 天皇は、確かに傷つきもはや死んでいると思っていた者まで傷一つなく、皆が無事だったことに不思議さを覚えたが、皆何事もなかったかのように行幸の列は進んだのだった。
 不思議なことは他にもあった。
 天皇を助けた二人の男女は、奇異なことに公家と女官の装いにいつの間にか変わっていた。
 それだけでなく、周りの誰もがこの初めて見るはずの二人を疑っていないのだ。

 一行が、六波羅へ着くと、天皇は拓馬と栞を残し余人を遠ざけ、三人だけになった。

「今日のこと改めて礼を言う。もしや、そなたたちは、皇祖天照大御神のお使いではないのか?」

 突然の天皇の質問は、拓馬と栞の予想の斜め上をいくものだった。
 だが、この時代の人の認識からすればそう思うのだろうと、拓馬と栞は考えた。
 一拍おいて拓馬が答えた。

「それは、私たちにも分からないのです。ただ、大いなる意志のもと動かされているのは、確かだと思います」

「・・・頼みがある。これから時々我に会いに来てはくれないだろうか。我は、天皇としていかにあるべきか、そなたたちの意見を聞きたい」

「私たちが、帝に申し上げることは何もありません。ただ、私たちは、未来のことが少しだけ分かります。すべてをお話し申し上げることは出来ませんが、帝のお役に立つのなら、お許しがあれば参上いたします」

「うむっ、いつでも良い。待っておるから来てくれ」

 拓馬と栞は、天皇に頭を下げると、ふっと掻き消えるように姿を消した。
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