第20話  金策

文字数 2,888文字

 俺は悩んでいた。
 霊園の件だ。
 霊園の加入を申し込んだが、永代使用料と10年間の管理料が、合わせて200万円にもなる。

 俺の貯金は、父さんの遺産が200万円と、俺が働いて貯めた150万円を合わせて350万円あった。
 この前、車を買ったので現在の残額は339万円だ。


 拓馬の父、山科亮二は工業高校を卒業後、東京大田区にある町工場に就職した。
 その町工場の技術は現在も高く評価されていて、五菱重工の下請けとして生産機械の一部品を独占的に納入している。

 その町工場で、彼は在職中いくつかの特許の取得に貢献し、将来を嘱望されていた。
 彼が事故に遭い30才の若さで亡くなった時は、町工場としては精一杯の退職金が支払われた。
 退職金は、裁判所が選任した司法書士が後見人となって管理をし、拓馬が18才になった時、それまでの使用明細と領収書が添付されて、残金200万円が拓馬に返還された。

 使用明細には、葬儀費用、司法書士への報酬、児童養護施設の入所費用の一部負担金、拓馬の生活費のうち個人負担が必要なもの等が詳細に記載されていた。
 施設の職員も一緒になって使用明細と領収書を照らし合わせながら点検したが、特に問題は無かった。

 拓馬の両親の遺体は、亮二の本家が引き取り、遺骨は山科家の菩提寺に保管された。

 本家は、年の離れた亮二の兄が継いでいたが、亮二が亡くなった時、兄夫婦は既に他界していた。
 兄夫婦には一人娘がいたので婿養子を取っていたのだが、子どもが出来なかった。
 兄夫婦が亡くなった後、その一人娘も亡くなっており、婿養子も他家の女性と再婚して子も()していた。

 つまり、本家は山科を名乗っていても拓馬とは全く血縁も無く、関わりたくないのが本音であった。
 それで、積極的に自分たち以外の後見人選任の申し立てを裁判所に行い、拓馬の児童養護施設入所後は、一切関わりを持とうとはしなかった。

 両親の遺骨が、山科家の菩提寺にあることは、拓馬が高校の入学時に司法書士から知らされていた。
 両親の事故のこともその時詳しく知らされた。
 それまで、両親は事情があって遠くにいると言われていた。
 本当はもっと早く知らせるべきだったと施設の職員と司法書士は頭を下げて謝った。
 拓馬は怒ることは無かった。
 親が迎えに来ると信じて疑わなかった自分の言動を思い起こすと、施設の職員も司法書士も悩んだに違いないと思った拓馬は、却って彼らに済まない気持ちになったのだった。

 拓馬は高校を卒業後就職したが、就職の年から毎年両親の命日とお盆は菩提寺に欠かさず参詣し、本堂で住職に回向(えこう)のためのお経を上げてもらっている。


 「母さん、そんなことが本当に出来るのか?」

 「できるわよ。この前、浅草と日本橋に行ってみたの。日本橋の四越デパートにも寄ってみて色んな商品を見たの。物質化で物を作るにも良い物を見ていた方がいいからね。それから、四越を出てぶらぶらしていたら日本銀行があったのね。ちょっと興味があったので

中を見学したの」

 この場合の〔実体化を解く〕と云うのは、人間の形を解いて形のない精神だけになるということだ。
 想念と意志の宇宙生命体の本来の姿だ。
 精神生命体と言ってもいい。
 人間で言えば魂のようなものだ。
 人間からは見えないし(さわ)ることも出来ない。
 何処(どこ)へでも自由に出入りが出来る。
 もちろん、能力も使える。
 認知できるのは、拓馬だけである。

 「そしたら、機械の音がしたの。損傷がひどくて使用できなくなったお札を裁断している所だったのよ。これだと思ったわ。まだ裁断前のお札に( 一万円札を100枚召喚、新札の状態になれ)って念じたの。それがこれ」

 そう言うと母さんの(てのひら)の上に、100万円の札束が現れた。
 母さんが無限収納の異空間に取り込み、新券に変えた一万円札100枚だ。
 紙幣番号も製造された当時のもので、綺麗な新札になっていた。

 「母さん、これは廃棄される前のお札を取ったことにならないかな。それって犯罪じゃない? それに、もし犯罪がらみの金とか偽札だったらどうする?」

 「偽札はないと思うよ。だって処分されるお札は事前に真贋(しんがん)の判定をしていたし、お札は普通の銀行から回収する訳だから、銀行で当然チェックした物でしょう。専門家が二重にチェックするんだから問題ないと思うわ。犯罪がらみの場合は、事前に警察から銀行に連絡が行っているでしょうし、銀行に持ち込んだ時点で、それが分かれば警察に届けて証拠として保管されるでしょう。分からなければずっと分からないと思うわ」

 「・・でも、見る人が見れば紙幣番号から製造年も分かるんじゃないかな・・何年も前の使えなくなるほど古いはずのお札が、全て新札と云うのも不自然じゃないかな・・」

 「あなたが、そう言うと思って少し使った形跡のある100万円をもう一つ作ってみたの。裁断した後のお札から作ったのよ。それがこれ」

 と言って母さんは同じく新札ではないが、流通に全く問題がない一万円札100枚を無限収納の異空間から取り出した。

 「これだと新札じゃないから不自然じゃないでしょう。裁断した後の紙くずだから相手にはもうお金という認識はないでしょうし。第一、裁断した後の紙くずが全く同じ元のお札になるなんて誰も思わないでしょう。それに、私が作ったなんて証明できる人はいないわよ」

 母さんは、自分が強く望んで俺に墓地の申し込みをさせたので、貯金を使わなくていいように想念の現実化で、俺に金の心配をさせまいと云う考えなのは分かっていた。
 やっぱり、親なんだとありがたい気持ちにもなった。


 だが結局、俺は母さんと話し合って、200万円は貯金から出すことにした。

 母さんは、俺より宇宙生命体としての感覚が強く残っている。
 想念の現実化を気軽に行う。
 確かに宇宙生命体にとっては、人間の法律や価値観に縛られる事は無い。

 だが、俺は人間だ。
 人間として生きて死んでいく。
 人間としての持てる能力で喜び、怒り、(かな)しみ、楽しみながら一生を終えたい。

 宇宙生命体としての能力を使えば不可能なことは無いだろう。
 だがそれで、
 「はい、人間です」
 とは言えまい。
 成功すれば喜び、失敗すれば悔しがりながらも成功を目指して、またトライする。
 愛する人と共に暮らし、仲間と語り合う人生こそが幸せだと思う。

 俺の考えに母さんも賛成してくれた。
 母さんも28年間人間として暮らし、覚醒した今も俺と一緒に再び人間として生きていきたいのだ。

 母さんが出した200万円は消滅させた。

 しかし、能力は絶対使わないと云う原理主義者でも聖人君子でもない。
 現に必要があるときは既に使っている。
 (ただ)し、無闇(むやみ)に使うつもりは無い。
 人として行動し、悩み、苦しむからこそ尊いのだと思う。

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