第32話 竹田製薬工業の再生~精査
文字数 2,397文字
井上里帆と高田裕次の結婚式は、里帆の父親である修一の一周忌法要の3か月後に行われた。
修一の一周忌法要は、当初の予想以上に参列者が多く、香典返しについても、住所の明確でない人も少なからずいたため、その確認に思わぬ時間を要した。
併せて、3ヶ月後の結婚式のため、女である里帆はこまごまとした準備があり、父の残した資料が気になりながら、落ち着かぬ忙しい日々が続いていた。
この間、吉岡家での夕食会や、幹一らとの会談も行ったのだが、本格的に活動を開始するのは里帆たちが新婚旅行から帰ってからということになった。
当時、新婚旅行は北米や欧州が主流となっていたが、二人のそれは、ゆったりとした五泊六日の国内旅行であった。
会社の現状を考えると、結婚後、長期休暇を取得することは不可能であろうから、海外へとも考えたが、言葉もよく通じない海外より、二人にとって最初で最後の長期旅行は、何の心配もない国内でゆっくり過ごすことにしたのだ。
新婚旅行は、二人にとって忘れ得ない旅行となったが、新婚旅行から帰った日から、二人の長い闘いの日々が始まった。
里帆は、五菱重工の総務部長である吉岡家の夕食会に招かれた返礼に訪れた時、幹一に竹田製薬工業についての山崎弥太郎の考えを尋ねた。
その時、竹田製薬工業の再生計画がある事を幹一から知らされた。
その後、ブリーフケースの資料を幹一にも見てもらったのだ。
資料の精査は数日に亘った。
資料の一つ一つについて、幹一は里帆や裕次に尋ね、里帆たちも分かっている範囲で答えたのだった。
里帆も、疑問に思うことの幾つかについて、幹一に尋ねた。
「なぜ父は、『山崎弥太郎氏に連絡を』と言ったのでしょうか」
「・・もう今までのやり方ではなく、思い切ったことをしなくては問題の解決が難しいと考えたんじゃないかな。
でも、父上は、『無理はしなくてもいい』とも言ったんだね。本当は、それが本心じゃないかな。私にも今、関西の大学で学んでいる娘がいるからよく分かるんだ。可愛い娘を争いの中に巻き込みたいと思う親はいないと思う。
ただ、お父さんは、君に一縷の望みを託した。そうせざるを得ないほど行き詰っていたんじゃないかな。これらの資料は、3年ほど前からほとんど進展がないからね。
でも、君に、『山崎弥太郎氏に連絡を』と言ったものの直ぐに後悔して、『無理はしなくてもいい』と言ったのじゃないかな・・本当は、『今言ったことは忘れてくれ』と言いたかったのかもしれないね・・・」
「・・資料は量も多く、随分以前のものもあります。父の専門分野以外の内容が記されたものもあります。
父には同志と呼べる人たちがいるのではないかと思います。その人たちになぜ託さなかったのでしょうか。
また、その同志の方々は、なぜ資料を持っている私に接触してこないのでしょうか・・・」
「・・資料は、5年ほど前から父上の専門分野が主になっているね。研究開発部門に重大な問題が生じたからだろうが、それ以外にも、現在の同志の方々は、当初に比べて少なくなっているようだ。
それに、これらの資料からの推測だが、特に社外の情報の収集は、殆ど父上が担っていたようだ。所謂 渉外担当は、他にいないようだ。
また、少なくなった同志を補充することも、増やすこともしなかったようだ。
・・・敵対派閥からどうしようもない状況に追い詰められ、無念の思いで会社を辞めていった同志も一人二人では無かったのではないかな・・・
派閥抗争からほとんど無縁だった社長派は、あいつらからすれば、組みし易かったと思うよ。
それに父上や同志の方々も結婚し、家族を持つと、会社を辞めることがどんなに大変かと実感するようになる。年を取って役職に就くと可愛い部下をそんな目に会わせられなくなる。
それで自分たちで何とかしようとしたんじゃないかな。その結果、暗礁に乗り上げて行き詰ったのかなと思うんだが・・・
それに、彼らは随分昔から父上と活動を共にしているはずだ。きっと、里帆ちゃんのことも子どもの頃から知っていて可愛いはずだ。里帆ちゃんに接触して抗争に巻き込むようなことはしたくないと思っているんじゃないかな・・・」
「・・じゃあ何故、父は、竹田社長に資料を渡さなかったのでしょうか・・」
「いずれは渡すつもりだったと思うよ。しかし、これらの資料は状況証拠であって決定打に欠ける。
それに、竹田さんに渡せば、頻繁に会わなければいけなくなるだろう。父上だけならともかく同志の方々との接触も必要になる。そうすると敵対派閥に気付かれて妨害されるし、不正もさらに巧妙に隠されるだろう。それを恐れたんじゃないかな。
・・里帆ちゃん、竹田社長は、非常に有能だ。父上の情報や助言に基づいて、適切に対応をされている。
ところが、その対応が上手くいくはずなのに、土壇場で思わぬ妨害に遭い頓挫したケースが少なくない。
それも、A派閥の問題を是正しようとしたら、A派閥と敵対しているはずのB派閥が、土壇場の妨害に加担していると思われる節がある。
父上は、四つの抗争派閥は、お互いに主導権争いをしているように見せかけて、裏では繋がってきているのではないかと思っておられたようだ。
私もそう思う。
すると、奴らの最終目的は、社長派の壊滅もしくは取り込みで、会社を乗っ取ることまで視野に入れ始めているんではないだろうか・・・
・・もはや、竹田製薬工業の再生は、奴らを完全に排除するしかないと云うのが、山崎社長、豊川副社長、そして私の一致した考えなんだよ。
もちろん、今回の再生計画は、社長派の君たちに一人も犠牲者を出す積もりはない。不幸にも会社を辞めることになっても全て救い上げる。過去に会社を辞めていった人もだ」
里帆・裕次 「・・・ ・」「・・・・」
「・・おじ様、私たちは何をしたらいいのですか」
修一の一周忌法要は、当初の予想以上に参列者が多く、香典返しについても、住所の明確でない人も少なからずいたため、その確認に思わぬ時間を要した。
併せて、3ヶ月後の結婚式のため、女である里帆はこまごまとした準備があり、父の残した資料が気になりながら、落ち着かぬ忙しい日々が続いていた。
この間、吉岡家での夕食会や、幹一らとの会談も行ったのだが、本格的に活動を開始するのは里帆たちが新婚旅行から帰ってからということになった。
当時、新婚旅行は北米や欧州が主流となっていたが、二人のそれは、ゆったりとした五泊六日の国内旅行であった。
会社の現状を考えると、結婚後、長期休暇を取得することは不可能であろうから、海外へとも考えたが、言葉もよく通じない海外より、二人にとって最初で最後の長期旅行は、何の心配もない国内でゆっくり過ごすことにしたのだ。
新婚旅行は、二人にとって忘れ得ない旅行となったが、新婚旅行から帰った日から、二人の長い闘いの日々が始まった。
里帆は、五菱重工の総務部長である吉岡家の夕食会に招かれた返礼に訪れた時、幹一に竹田製薬工業についての山崎弥太郎の考えを尋ねた。
その時、竹田製薬工業の再生計画がある事を幹一から知らされた。
その後、ブリーフケースの資料を幹一にも見てもらったのだ。
資料の精査は数日に亘った。
資料の一つ一つについて、幹一は里帆や裕次に尋ね、里帆たちも分かっている範囲で答えたのだった。
里帆も、疑問に思うことの幾つかについて、幹一に尋ねた。
「なぜ父は、『山崎弥太郎氏に連絡を』と言ったのでしょうか」
「・・もう今までのやり方ではなく、思い切ったことをしなくては問題の解決が難しいと考えたんじゃないかな。
でも、父上は、『無理はしなくてもいい』とも言ったんだね。本当は、それが本心じゃないかな。私にも今、関西の大学で学んでいる娘がいるからよく分かるんだ。可愛い娘を争いの中に巻き込みたいと思う親はいないと思う。
ただ、お父さんは、君に一縷の望みを託した。そうせざるを得ないほど行き詰っていたんじゃないかな。これらの資料は、3年ほど前からほとんど進展がないからね。
でも、君に、『山崎弥太郎氏に連絡を』と言ったものの直ぐに後悔して、『無理はしなくてもいい』と言ったのじゃないかな・・本当は、『今言ったことは忘れてくれ』と言いたかったのかもしれないね・・・」
「・・資料は量も多く、随分以前のものもあります。父の専門分野以外の内容が記されたものもあります。
父には同志と呼べる人たちがいるのではないかと思います。その人たちになぜ託さなかったのでしょうか。
また、その同志の方々は、なぜ資料を持っている私に接触してこないのでしょうか・・・」
「・・資料は、5年ほど前から父上の専門分野が主になっているね。研究開発部門に重大な問題が生じたからだろうが、それ以外にも、現在の同志の方々は、当初に比べて少なくなっているようだ。
それに、これらの資料からの推測だが、特に社外の情報の収集は、殆ど父上が担っていたようだ。
また、少なくなった同志を補充することも、増やすこともしなかったようだ。
・・・敵対派閥からどうしようもない状況に追い詰められ、無念の思いで会社を辞めていった同志も一人二人では無かったのではないかな・・・
派閥抗争からほとんど無縁だった社長派は、あいつらからすれば、組みし易かったと思うよ。
それに父上や同志の方々も結婚し、家族を持つと、会社を辞めることがどんなに大変かと実感するようになる。年を取って役職に就くと可愛い部下をそんな目に会わせられなくなる。
それで自分たちで何とかしようとしたんじゃないかな。その結果、暗礁に乗り上げて行き詰ったのかなと思うんだが・・・
それに、彼らは随分昔から父上と活動を共にしているはずだ。きっと、里帆ちゃんのことも子どもの頃から知っていて可愛いはずだ。里帆ちゃんに接触して抗争に巻き込むようなことはしたくないと思っているんじゃないかな・・・」
「・・じゃあ何故、父は、竹田社長に資料を渡さなかったのでしょうか・・」
「いずれは渡すつもりだったと思うよ。しかし、これらの資料は状況証拠であって決定打に欠ける。
それに、竹田さんに渡せば、頻繁に会わなければいけなくなるだろう。父上だけならともかく同志の方々との接触も必要になる。そうすると敵対派閥に気付かれて妨害されるし、不正もさらに巧妙に隠されるだろう。それを恐れたんじゃないかな。
・・里帆ちゃん、竹田社長は、非常に有能だ。父上の情報や助言に基づいて、適切に対応をされている。
ところが、その対応が上手くいくはずなのに、土壇場で思わぬ妨害に遭い頓挫したケースが少なくない。
それも、A派閥の問題を是正しようとしたら、A派閥と敵対しているはずのB派閥が、土壇場の妨害に加担していると思われる節がある。
父上は、四つの抗争派閥は、お互いに主導権争いをしているように見せかけて、裏では繋がってきているのではないかと思っておられたようだ。
私もそう思う。
すると、奴らの最終目的は、社長派の壊滅もしくは取り込みで、会社を乗っ取ることまで視野に入れ始めているんではないだろうか・・・
・・もはや、竹田製薬工業の再生は、奴らを完全に排除するしかないと云うのが、山崎社長、豊川副社長、そして私の一致した考えなんだよ。
もちろん、今回の再生計画は、社長派の君たちに一人も犠牲者を出す積もりはない。不幸にも会社を辞めることになっても全て救い上げる。過去に会社を辞めていった人もだ」
里帆・裕次 「・・・ ・」「・・・・」
「・・おじ様、私たちは何をしたらいいのですか」