第119話  蔵入りの最後 1

文字数 1,829文字

 2019年12月半ばに行われた蔵入りでは、栞によってそれまでの繰り返された歴史が語られた。

「それでは次に、前回昭和22年(1947年)の蔵入りで、始祖様が直に指図をした内容を改めて他の者たちにも伝えます。
 その前に、この72年間山崎一門の中心として指図の内容を皆に伝え、その実現に奔走してきた直には心より感謝いたします。直、ありがとう。
 そして皆も心を合わせてよく働いてくれました。皆ありがとう」
 
 直を始め参集者の皆は、思いもかけない栞の言葉に感極まった様子であったが、全員がじっと(うつむ)き栞に深々と頭を下げたのであった。
 前回の指図の確認と他の者たちへの周知を行い、今回の蔵入りはようやく本題へと移っていった。

「それでは、始祖様の転生と復活についてです。始祖様は29年前、私の息子として転生しました。
 しかし、24年前、私と夫と拓馬が車で海水浴に行く途中交通事故に遭い、私と夫は亡くなりました。
 だけど、私は亡くなる直前に不十分でしたが覚醒し、5才の拓馬だけは助けることが出来たのです。その後23年間私は拓馬に合一して眠っていました。
 眠りから覚めたのは、昨年拓馬が弥一郎の子龍馬君を助けようとして事故に遭った時、私は再度覚醒し、拓馬も龍馬君も助けることが出来たのです。
 その後こうやって実体化もできるようになり、あの事故で私も拓馬も真に覚醒したと思っていましたが、その覚醒は不十分なものだったのです。
 拓馬は覚醒後、東京メディシンの改革に着手し、私もその手助けで忙しくしていたのですが、そのなかで先月我が家のお墓を建てたのです。
 その夜、私は拓馬の精神世界の中にいました。それは私たち宇宙生命体の核となる基核、輝核ともいいいますが、その最奥中心部にあるのです。
 そこには苦しそうな拓馬がいました。深層の拓馬でした。覚醒したと思った拓馬は表層だけの不完全な覚醒だったのです。
 表層だけの覚醒であってもその力は強く、深層までの完全な覚醒を妨げていたのです。
 私は、毎夜深層の拓馬を訪ね、私の混同した記憶や忘れていた歴史、それに私たちの使命をはっきりと思い出すことが出来たのです。
 国難に際して拓馬の真の覚醒を急がなくてはいけませんが、真の覚醒の条件として三人の存在が必要なのです。
 その三人は、この似せ絵の私と直そして拓馬の妻となる明子さんです。拓馬にとって母である私、初めての家臣で忠臣である清丸、そして妻となり拓馬を愛し支えた明子さんは、拓馬にとって何度生まれ変わっても、どのように歴史が移ろうと決して変わらない絆で結ばれた(えにし)なのです。
 現在、三人のうち条件が成就しているのは母である私と直の二人です。
 私は言わずもがなですが、直はいつ拓馬と会ったのだと(いぶか)しく思う者もいるだろうけど、直は私のお腹に拓馬がいる頃から私と拓馬を見守り警護を続けてくれていたのです。
 だけど前回の蔵入りで何があっても手を出してはいけないと厳命がされていたのです。
 そのため23年前の事故も今回の梅雨の時分の事故も警護をしながら何も手出しが出来なかったのですが、そのために私や夫が亡くなったのではないか、自分は間違っていたのではないかと長い間苦悩させてしまいました。
 梅雨の事故で、もし拓馬が死んだら責任を取って自決する覚悟だったのも分かっています。
 また、拓馬が幼いころ養護施設の周囲を毎日両親が迎えに来ていないか探して歩いていたときも、あなたは拓馬に駆け寄り抱きしめたい気持ちを抑え、唇をかみ涙を耐えていたことも深層の拓馬は()っていました。
 変わらないあなたの忠誠と愛情に深層の拓馬は心から感謝しています。あなたは十分に働いてくれました。長い間人知れず大きな苦労も掛けてしまいました。本当にごめんなさい。そしてありがとう・・・・・」

 長い蔵入りの歴史で、指図者が参集者の一人このようにに話しかけるのは初めてであった。
 この時、人生をかけた直の闘いと苦悩は報われたのだった。
 直は、あふれてくる涙をどうすることも出来なかったが、何かを言いたそうに栞を見つめたのだった。

「直、何か言いたいのですね。言っていいですよ」

 指図者と参集者が会話をするのも初めてのことであった。

____________________________________________________________________________________
 更新が大変遅れ申し訳ありませんでした。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み