第96話  βの息子~目覚め

文字数 1,998文字

 文中にあります「合一」、「同一」、「基核」(輝核)については、主な登場人物(第二幕)の最後の方にも用語解説を載せています。

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 弥太郎と弥一郎が向かった先は、さほど遠くない所にある屋敷であった。
 その屋敷は、山崎邸より広く7千坪ある。
 邸内には、練武場と呼ばれる剣道場、柔道場、合気道場、空手道場、弓道場、総合格闘技場、高飛込みも出来るプール、体育館などが所狭しと並び、それらに隣接して、医師が常勤している診療所、事務所と思われる建物、さらに居住用の建物があった。
 弥太郎、弥一郎、龍馬の武術の師も週に一、二度これらの練武場に出稽古に来ており、弥太郎たちも稽古をつけてもらっている。

 山崎邸の周辺は、広範囲に亘り、戦前、弥太郎の祖父弥之助が、戦後万が一天皇制が廃止されたときのために用意していた土地であり、この屋敷の土地も日本総合警備保障会社が賃借しているものである。
 その屋敷の一室で弥太郎と弥一郎は、一人の人物に今日のことを報告していた。

 その人物は、今年101才を迎える榊直であった。
 100才とは思えない矍鑠(かくしゃく)とした直は、二人の話を真剣に聴いていたが、二人の報告を聞き終えると、

 「・そうか・・やはり駄目だったか・・いよいよだな・・今後は何が起こるか分からない・・大丈夫とは思うが、特別警護対象者の警護体制をさらに強化しよう・・」

 「「お願いします」」

 その後も、三人は、遅くまで予想される事態に備えての対応を話し合ったのだった。


 ----時は少し遡り、拓馬が建墓をした時(2019.11月末)----

 10月生まれの拓馬は、建墓の時は29才になっていた。
 また、この日、朗々とした読経の声に誘われるように29年の眠りから覚めた者がいた。
 それは

β

であり、

だった。
 目が覚めたβの息子は、舌打ちをしたい気分であった。

 (ああ、今回も遅れてしまった・・5才の時、覚醒していれば母さんも父さんも助けることが出来たのに・・父さん、母さんごめんよ・・覚醒に失敗した時のために二度目の事故も組み込んでいたのだが、事故に遭うのも時間がかかってしまった・・それに真の覚醒が出来なかった・・やはり、条件が完全に揃わないと駄目なのか・・)

 拓馬の中のβの息子は、自分自身を恨めしく思うのだった。
 βの息子は、ノアにいた時、両親から自分たちの素質を最も強く受け継いでいると言われていた。
 他の同胞もそれは認めていたのだが、具体的には理解できなかった。
 βの息子の能力が他の誰よりも強かったため、理解することが出来なかったのだ。

 ところが、拓馬が覚醒するのにはそれが障害となったのだ。
 拓馬の覚醒は、不十分だった。
 肉体を持っていると云うことも大きな障害だった。
 23年前に肉体を失ったαの娘である栞は、完全に覚醒しているのだが、それでも二度の事故を経験しなくてはならなかったし、未だに能力も完全に復活している訳では無い。
 同一をした他の同胞は、その人間に生まれ変わり、覚醒すること無く人間として生を終わった。
 宇宙生命体として、抜きん出た能力を持ったαの娘栞とβの息子拓馬は、例外中の例外だったのだ。

 拓馬は、二度目の事故でようやく覚醒したのだが、それは真の覚醒では無かった。
 謂わば表層の部分だけの覚醒だったのだ。
 だが、その表層の部分も強力な能力を持っていた。
 それは、深層にある「基核」を覆い、真の覚醒を妨げているのだった。
 そのため、深層の基核であるβの息子=拓馬自身の目覚めが、事故から6ヶ月も経った今日の建墓の日になったのだ。

 「基核」は「輝核」とも言い、宇宙生命体としての根幹部分である。
 それが可視化すると光の玉として見えるのだ。
 栞と拓馬が合一して、日本を目指した時、光の玉となったのも、拓馬が二度目の事故に遭った時、栞が光の玉になって拓馬の中に入った時も「輝核」の輝きだったのだ。
 もっとも、この光を認識できるのは宇宙生命体だけである。
 
 栞も拓馬の輝核を認識できる。
 だが、拓馬が表層と深層に分離されていることには気が付かなかった。
 だから、拓馬の能力の復活が遅いのは、肉体を(まと)っているからだろうと考えていた。
 それも原因の一つではあるが、真の原因ではなかったのだ。
 もし、このままでは拓馬の真の覚醒は、いつになるのか見込みが立たない状況だった。
 基核である拓馬は、

 (このままでは、俺は不十分な能力のまま、使命を認識することも果たすことも出来ないだろう・・・次の行動をすぐにとる必要があるな・・・)

 その日の夜、拓馬が眠った後、ほんの少し自由がきくことに気付いた基核の拓馬は、早速計画の実行を試みるのだった。
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