第52話  東京メディシンの改革~臨時取締役会

文字数 3,196文字

 東京メディシンの臨時取締役会は、末田と沼田の泥沼コンビの提案から三日後に親会社である竹田製薬工業の会議室で行われた。
 会議室には、プロジェクターが設置されていた。

 泥沼コンビは、異例の親会社での臨時取締役会に少し驚いたが、これは、自分たちを親会社に呼び戻し、栄転させるためのセレモニーの一環だろうと解釈した。
 会議室に入って来た二人は、喜色満面であった。

 会議室には、三人の社外取締役が既に席に着いて待っていた。
 それ以外にもオブザーバーとして、竹田製薬工業の智之社長と森山副社長が並んでいた。
 さらに、プロジェクターの側には、研究開発担当取締役兼部門長の高田裕次、人事担当取締役の高田里帆が控えていた。

 高田裕次と里帆の二人については、業界で知らぬ者はいなかった。
 二人とも竹田製薬工業が破綻を迎える10年前から会社再生のプロジェクトに参加、武闘派のリーダー近藤康平と共に敵対派閥に対する戦いの中心となった。

 里帆は、30才そこそこで社長室の人事担当主幹、32才の時、広報担当主幹を兼務し、36才で新生竹田製薬工業では女性初の部長職である人事部長となった。
 51才となった現在は、人事担当取締役として海外における事業展開での現地採用者の人事管理や、研修の陣頭指揮にその辣腕(らつわん)を振るっている。

 高田裕次については、里帆に隠れてあまり目立たないが、幾つもの新薬開発に多大な業績を上げ続けている。
 一貫して研究開発部門を歩き、31才でチームリーダー、42才で第1分野統括、52才となった現在は、研究開発担当取締役兼部門長として、妻の里帆と同じく海外における事業展開での研究部門の立ち上げに目覚ましい活躍をしていると聞く。

 近年の竹田製薬工業の世界におけるグローバル展開は、この二人の力が大きいというのは誰もが認めている。
 その二人が、今は補助者のような立ち位置にいるのだ。
 これは、ますます自分たちの返り咲きを華やかなものにするための演出の一環なのだろうと、泥沼コンビは嬉しさを隠しきれなかった。

 簡単な挨拶のやり取りの後、臨時取締役会は開始された。
 議長は慣例に従い、社長である末田が進行を始めた。

 「それでは、東京メディシンの臨時取締役会を始めます。本日は、オブザーバーとして竹田製薬工業の竹田社長、森山副社長のご臨席を賜っております。速やかに議事を進めたいと思いますので、ご協力をよろしくお願いいたします。先ず、最初の議題から始めたいと『待ってください! 動議あり!』」

 社外取締役の一人から動議の発言があった。
 末田は、突然のことに(いぶか)しく思いながらも、

 「え?・・わかりました・・どうぞ・・・」

 「末田社長と沼田常務の解任を提案します。賛成の方は挙手をお願いします」

 東京メディシンの取締役は、社長の末田と常務の沼田、それに竹田製薬工業から派遣された社外取締役の3名の合計5名で構成されている。
 解任の提案に賛成した者は、発案者を含めた社外取締役の3名だった。

 「これで末田氏と沼田氏の解任が決定しました。お二人はご退場ください」

 「な、なんだと? どうしてなんだ、根拠を言え!」

 「取締役の内、過半数が解任に賛成しました。これが根拠です」

 「そんなことじゃない! り、理由だ! 理由を言え!」

 「末田君、これを見なさい」

 森山副社長の発言と同時にプロジェクタースクリーンが下りてきて、今回の臨時取締役会の二人の真の狙いの密談が映し出された。
 また、新規事業を潰した理由とその目的を話し合ってる二人の様子も映し出された。
 さらに、パワハラによって意に沿わない社員を辞めさせる相談や実際のパワハラの現場までもが映し出された。

 「でたらめだ! こんなビデオがあるはずが無い! これは、合成か何かの捏造だ!」

 「全て本物だよ。五菱重工で専門の技術者が丹念に調べた結果だ。それにこの映像はどうだ、これまで捏造と言えるか?」

 次の映像は、末田と沼田が提案された新規事業について、市場調査は収益の見込みがないと、取締役会や株主総会で説明する場面が映し出されたものだった。
 そして彼らが示したマーケティング調査会社の資料も映し出されたが、その直後、同じ会社名で収益が見込める有望な市場であるとの資料も映し出されたうえ、泥沼コンビが資料を改竄(かいざん)する密談の様子までもが映し出された。

 「これについては、どちらが本物か、調査を依頼したマーケティング調査会社の証明書もある。言っておくが、今見せたビデオはごく一部に過ぎない。
 君たちの私利私欲に(まみ)れた行いは、多くの有為な人材を失う原因となっただけでなく、本来獲得できたかもしれない収益を故意に妨害したことになり、偽計業務妨害罪や背任罪に問われるべきものだ。
 既に弁護士を通して、告訴の準備は出来ている。
 さらに、会社からだけではなく辞めさせられた多くの人たちからも、多額の損害賠償が請求されるかもしれないと云う事が分からないのか?」

 「そ、そんな・・そうだ! 株主総会だ! 株主総会で五菱商事に拒否権を発動してもらう。あんたたちは知らないだろうが、俺たちは五菱商事にはあることで評価されているんだ」

 「この臨時取締役会については、当然、五菱商事とは協議済みだ。弥一郎社長の了解を得た上でのことだ」

 「ば、馬鹿な・・俺たちは、荘田副社長の示唆を受けて、あの無能な山科を三段跳びで課長に昇進させたんだ。それは、五菱グループ代表の山崎弥太郎氏の意向なんだぞ。あの山崎代表だ。山崎代表に連絡しろ!」

 「山崎代表の意向は、最初から君たちを解任することだ」

 「そんな・・話が違う・・・」

 「君たちの期待は全て妄想だ。・・君たちが退場しないなら実力行使をする。
 それから言っておくが、君たちはもう東京メディシンの建物内に入ることは出来ない。君たちの私物は、既に自宅へ送ったから心配しなくていい」

 森山が話し終わると同時に大勢の人間が、会議室に入って来て、強制的に泥沼コンビを連行していった。

 泥沼コンビは、強制的に会議室から連れ出されたが、その時、高田裕次と里帆を睨みつけながら出て行った。
 泥沼コンビは、これらの証拠を集めたのは、高田裕次と里帆の二人だと思ったのだ。
 竹田製薬工業再生の陰で、高田裕次と里帆たちを中心とする武闘派が、敵対派閥を壊滅に追い込んだと言われる手口とそっくりだったからだ。

 あの時も、隠し撮りされた映像が決定的な証拠となり、150人近い敵対派閥の人間たちが有罪判決を受けた。
 当時、初めて産業スパイ防止法が適用された大掛かりな国際的事件も絡み、世間は騒然とした。
 今や、やや誇張されて伝説として語られるほどなのだ。

 泥沼コンビは、会議室を出るまで高田裕次と里帆から目を離さず睨みつけていた。
 高田裕次と里帆にとっては、全くのとばっちりだった。

 だが、この誤解のため、泥沼コンビは、完全に抵抗を諦めた。
 産業スパイと外国企業を向こうに回して、完璧な証拠を揃えた連中に敵う筈はないと。


 東京メディシンでは、社内が騒然となっていた。
 親会社の竹田製薬工業の社員と、今日のために動員された警備員によって、建物の出入りが厳しくチェックされ、社長室と常務室から末田と沼田の私物が運び出され、引っ越し業者のトラックでどこかに運ばれていった

、竹田製薬工業の社員が、最後に貼った一枚の紙によってである。

 そこには、本日の日付と、三人の社外取締役の他に竹田製薬工業社長竹田智之、五菱商事社長山崎弥一郎の連名で、

 【本日の東京メディシン臨時取締役会において、末田氏の代表取締役と沼田氏の常務取締役を解任し、新たに、山科拓馬氏を代表取締役に、中島洋介氏を常務取締役に選任しました。従業員各位においては、新社長の指示があるまで、通常どおり業務に従事してください。】
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