第63話 闇の守護者~邂逅
文字数 1,752文字
「兵隊カフェ」は、直の部下で、伍長であった山田吾作が、戦前から父親の地所の一部を使って開店していた喫茶店であった。
彼は、戦時中、物資の調達に並外れた才能を示した。
また、日本に帰還後の計画を直が練っていた頃、帰還後は、是非自分の店舗を活用してほしいと申し出たのだった。
山田家は、地元では知らぬ者がいないほどの資産家で、横浜市内の中心繁華街に隣接して、広大な土地を所有していた。
その土地の中に一本の幅広の道路が、5kmに渡って通っているのだが、その周辺は、全て山田家の土地であり、この道路は、山田通りと呼ばれ、道路周辺の地名の正式名称でもある。
山田は、直に、もし、戦災で焼けていても、土地はいくらでもあるので、必ず喫茶店を再開するから、是非訪ねてきて欲しいと言いながら、直より先に帰還した。
直も、東京かその近辺で活動拠点を持ちたいと思っていたので、山田の申し出をありがたく受けたのだった。
ただ、出征前の店名は、「山田珈琲店」だったが、あまりにもありきたりなので、復員後は違う名前にするつもりだ、今、考え中なので楽しみにしていてほしいと云うことだった。
それで、直は、先ず山田通りに行くと、資産家の山田氏の息子がやっている喫茶店は知らないかと、道行く人に尋ねたのだが、各地から闇市に集まった人が多く、所のことをあまり知らない人も多かったため、店を探し当てるまで少しだけ手間がかかってしまった。
ともあれ、店の中に入ると、コーヒーの何とも言えない香 しい香りが鼻孔をくすぐり、直は、思わず立ち止まり深呼吸をし、目を細めた。
その香りは、たんぽぽコーヒーや大豆コーヒーと云ったコーヒーもどきとは全く違う本物の香りだった。
(やっぱり、山田は、調達の名人だな・・進駐軍だろうな、まさかMP(アメリカ軍の憲兵隊)じゃないだろう・・)
「いらっしゃい」
まだ少年らしさが残る若い青年が、カウンターの向こうから声をかけてきた。
直は、カウンターに近づきながら、
(山田に似ているな・・弟か?)
「やあ、ここは、本物のコーヒーを出しているんだね」
「はい、いつもじゃないんです。お客さんは運がいいですね。兄が調達してきたんですよ」
(間違いない・・)
「僕は、榊直 と言います。ひょっとして君の兄さんは、山田吾作さんかい?」
「は、はい! 兄から聞いています! ここにいてください! すぐに兄を呼んできます!」
山田の弟は、店から飛び出して行った。
(しまったなあ・・コーヒーが出てから聞くべきだった・・・)
直は、しまったと云う顔でカウンターの椅子に座り、山田を待つことにした。
その時、店の奥の窓際に座っていた三人の男が、一斉に立った。
彼らから殺気は感じなかったが、その体躯と醸し出す雰囲気は、軍人そのものであり、直は一瞬、戦時中に時間が巻き戻ったのではないかとさえ思った。
三人の中で、一番年嵩 と思われる壮年の男が、直に近づいて来た。
直の傍までくると、直立不動の姿勢を取り、頭を下げると、
「あなたは、榊直陸軍大尉殿ではありませんか。自分は、綿見真市と申します。しがない潜水艦乗りでありましたが、大尉殿の武勇を聞いて、いつかお会いしたいと思っておりました」
それを聞いて、直は、驚いたように立ちあがり、直立不動の姿勢で敬礼をしたうえ、
「綿見少佐殿、自分のような下の者に、そのような態度は止めてください。知らぬこととはいえ失礼いたしました」
と答えたのだった。
「・・私のことをご存知でしたか・・ただ、私は海軍ですし、大尉殿にお会いしたかったのは本当です。それに、私のことを知っている者は、最後に乗った潜水艦の仲間だけです。私は、臆病者として長い間、潜水艦に乗ることが出来なかったのです・・他の戦友は皆、乗っていた潜水艦と共に沈みました・・私は、死に損なったのです・・」
「綿見少佐殿、なぜ隠すのです? あなたが、最後に乗った潜水艦で何をしたのか知っています。お会いしたかったのは私の方です」
「知っていると云うのは、本当ですか?!・・・」
「はい」
この邂逅 は、直が日本に帰還し、本拠地を作った後、最初にしたかったことだが、その目途もつかず、見込みも立たず、今後どうしようかと苦慮していたことだった。
彼は、戦時中、物資の調達に並外れた才能を示した。
また、日本に帰還後の計画を直が練っていた頃、帰還後は、是非自分の店舗を活用してほしいと申し出たのだった。
山田家は、地元では知らぬ者がいないほどの資産家で、横浜市内の中心繁華街に隣接して、広大な土地を所有していた。
その土地の中に一本の幅広の道路が、5kmに渡って通っているのだが、その周辺は、全て山田家の土地であり、この道路は、山田通りと呼ばれ、道路周辺の地名の正式名称でもある。
山田は、直に、もし、戦災で焼けていても、土地はいくらでもあるので、必ず喫茶店を再開するから、是非訪ねてきて欲しいと言いながら、直より先に帰還した。
直も、東京かその近辺で活動拠点を持ちたいと思っていたので、山田の申し出をありがたく受けたのだった。
ただ、出征前の店名は、「山田珈琲店」だったが、あまりにもありきたりなので、復員後は違う名前にするつもりだ、今、考え中なので楽しみにしていてほしいと云うことだった。
それで、直は、先ず山田通りに行くと、資産家の山田氏の息子がやっている喫茶店は知らないかと、道行く人に尋ねたのだが、各地から闇市に集まった人が多く、所のことをあまり知らない人も多かったため、店を探し当てるまで少しだけ手間がかかってしまった。
ともあれ、店の中に入ると、コーヒーの何とも言えない
その香りは、たんぽぽコーヒーや大豆コーヒーと云ったコーヒーもどきとは全く違う本物の香りだった。
(やっぱり、山田は、調達の名人だな・・進駐軍だろうな、まさかMP(アメリカ軍の憲兵隊)じゃないだろう・・)
「いらっしゃい」
まだ少年らしさが残る若い青年が、カウンターの向こうから声をかけてきた。
直は、カウンターに近づきながら、
(山田に似ているな・・弟か?)
「やあ、ここは、本物のコーヒーを出しているんだね」
「はい、いつもじゃないんです。お客さんは運がいいですね。兄が調達してきたんですよ」
(間違いない・・)
「僕は、
「は、はい! 兄から聞いています! ここにいてください! すぐに兄を呼んできます!」
山田の弟は、店から飛び出して行った。
(しまったなあ・・コーヒーが出てから聞くべきだった・・・)
直は、しまったと云う顔でカウンターの椅子に座り、山田を待つことにした。
その時、店の奥の窓際に座っていた三人の男が、一斉に立った。
彼らから殺気は感じなかったが、その体躯と醸し出す雰囲気は、軍人そのものであり、直は一瞬、戦時中に時間が巻き戻ったのではないかとさえ思った。
三人の中で、一番
直の傍までくると、直立不動の姿勢を取り、頭を下げると、
「あなたは、榊直陸軍大尉殿ではありませんか。自分は、綿見真市と申します。しがない潜水艦乗りでありましたが、大尉殿の武勇を聞いて、いつかお会いしたいと思っておりました」
それを聞いて、直は、驚いたように立ちあがり、直立不動の姿勢で敬礼をしたうえ、
「綿見少佐殿、自分のような下の者に、そのような態度は止めてください。知らぬこととはいえ失礼いたしました」
と答えたのだった。
「・・私のことをご存知でしたか・・ただ、私は海軍ですし、大尉殿にお会いしたかったのは本当です。それに、私のことを知っている者は、最後に乗った潜水艦の仲間だけです。私は、臆病者として長い間、潜水艦に乗ることが出来なかったのです・・他の戦友は皆、乗っていた潜水艦と共に沈みました・・私は、死に損なったのです・・」
「綿見少佐殿、なぜ隠すのです? あなたが、最後に乗った潜水艦で何をしたのか知っています。お会いしたかったのは私の方です」
「知っていると云うのは、本当ですか?!・・・」
「はい」
この