第19話  百五十周年記念祝賀会

文字数 2,930文字

-----人事異動の発令があった一週間前-----

 ここ、国内最大最高級の東京パレス・ヘストンホテルの大広間では、五菱商事の創業百五十周年記念祝賀会が盛大に開催されていた。

 五菱商事は、五菱重工、五菱銀行と並んで五菱グループの御三家と言われる企業の一つである。
 社長は、山崎弥太郎の長男弥一郎だ。
 祝賀会に参加したのは、五菱グループの主要な構成企業はもちろん、政財界の大物、国内外の有名企業の代表者や重役と云った錚々(そうそう)たる顔ぶれだった。

 そこに(くだん)の〔迷コンビ〕も招待されていた。

 拓馬が勤める東京メディシンは、医薬品の卸売りを主体とする医薬品卸販売会社だ。
 元々、ある中堅製薬会社の子会社だった。
 10年前、その親会社は、ある大手製薬会社に買収された。
 その大手製薬会社は、五菱商事の傘下であった。
 つまり、拓馬たちの会社は、数多(あまた)ある五菱商事の孫会社の一つに過ぎない。

 本来なら、この社長と常務のコンビは、招待されることはなかったのだ。
 ところが、彼らは自分たちが病院に見舞いに行ったのが功を奏し、弥太郎氏のお眼鏡に適ったのだと思い込み意気揚々と会場に来ていた。

 「・・社長、参加者は錚々たるメンバーですなあ・・・」
 「・・そうだな、まさか俺たちが招待されるとは思っていなかったよ」
 「・・東京メディシンに左遷されて苦節十年、ようやく我々の実力が認められたと云うことですな」
 「当たり前だ。あんな無能揃いの会社、俺たちが居なかったらとっくに倒産しているぞ」
 「見てください。親会社の連中ですよ。社長と副社長の二人です・・と云うことは、我々はあの連中と同格と云うことですか?・・ひょっとすると我々の返り咲きは近い?」
 「おい、おい、先走りするとこけるぞ」
 「「ふふふっ、ふふふっ・・・」」

 「お話し中、申し訳ありません。東京メディシンの末田社長と沼田常務ではありませんか」

 「はっ、はい、そうです」「そうです」

 「お忙しいのにお越しいただきありがとうございます。五菱商事副社長の荘田です」

 「いっ、いいえ、お招きいただきありがとうございます」「ありがとうございます」

 「こちらの手違いで、招待状が直前に到着したのではないでしょうか。大変申し訳ありませんでした」

 「いっ、いいえ、これだけ多くの方々が参加されるのです。そのようなことは全く気にしておりません。このような席にお呼びいただき、大変光栄に思っております」〔コク、コク、コク〕  

 社長の末田が答え、常務の沼田が後ろで盛んに(うなず)いている。

 「拓馬君の見舞いに来られた時、山崎代表にも会われたと聞いております。代表のお孫さんの龍馬君のご心配もいただき、代表と弥一郎社長から、くれぐれもよろしく伝えてくれと言われています。本日は来客が多く、ご挨拶が出来ないかもしれないので、失礼かと思いましたが、私が挨拶に伺った次第です」

 「きょ、恐縮です」〔コク、コク〕

 「お二人は、厳しい経済環境の中で大変なご苦労をされているようだと、代表は感心されていました」

 「いっ、いいえ、良い部下に恵まれたお陰です。部下たちには感謝しております」〔 コク、コク 〕

 「東京メディシンに移られて、確か、もう十年ですね」

 「はっ、はい、少々長く居すぎたかなぁと思っております。ははは・・・」
 〔コク、コク、コク〕

 「・そうですね・・ところで、拓馬君はよい青年ですね。私も病室で彼に会いました。彼は御社ではどのような仕事を?」

 「・・営業で外廻りをしております・・・」「・・・」

 「役職は?」

 「?・まだ役付きでは無かったかと・・・」「・・・」

 「ちなみに年収はどのくらいでしょうか?」

 「??・・あっ、300万円ぐらいだったかな? 沼田君・・・」「そっ、そうですね、そのくらいだったかと・・・」

 (なご)やかな表情のはずなのに荘田の目が一瞬、(けわ)しくなったような感覚を二人は受けた。

 「・・そうでしたか・・・出来るなら拓馬君を引き取りたいものですね。はははは・・・」

 「「ハハハハ・・・」」

 二人の元には、その後も五菱グループの主要企業のトップや重役が次々とやって来た。
 彼らは、二人を(ねぎら)い業界の話や病院に見舞ったことなどを話しながら、さり気無く拓馬のことも()いてきた。
 二人は舞い上がり、訊かれたことは何でも答えていたが、毎回ある事を尋ねられることに気が付いた。

 それは拓馬の仕事内容、地位、年収だった。
 荘田副社長の問と同じだ。
 仕事内容について答える時は、まだ良いのだが地位や年収を答えると一瞬、質問者の顔が険しいものになったような気がしたのも荘田副社長の時と同じだった。

 質問者たちは、終始和やかな笑みを崩さなかった。
 だが、一瞬であるが質問者たちの度重なる険しい顔は、サブミナル効果のように潜在意識に働きかけ、二人にとって無言の圧力となった。

 末田と沼田の二人は祝賀会の後、自宅へ直帰せず会社に戻り、社長室で深夜まで密談を続けた。

 「社長、改めて名刺を見ると、あの方たちは皆、五菱グループの中でも主要な企業の社長や重役です。ひょっとすると、噂に聞く五菱評定のメンバーではないでしょうか」

 「・多分な・・」

 「皆さん、山科の役職や年収を聞くと一瞬ですが、厳しい表情をされたように思われます。五菱商事の荘田副社長からは出来ればうちに引き取りたいとも言われました・・・」

 「それに、皆さん揃って山科を褒めていたな。山崎代表がすごく山科を買っていると言った人もいたな・・もしかすると、これは山崎代表の意向なのか?」

 「・・社長、一週間後、営業課長の中島が定年退職です・・・」

 「「・・・・」」


 一週間後、抜け目のないこのコンビは、五菱グループで大きな権限を持つ質問者たちの意向を正しく汲み取り、躊躇なく拓馬を昇進させた。

 中島課長の後任には、係長を昇進させると係長本人に内示までしていた。
 そのため、係長には若干後ろめたかったが、それもすぐに霧散した。
 末田も沼田も自分たちの将来の方が遥かに大事であり、係長に内示をしていた件など些細なことだった。

 「係長には少し気の毒ですが」

 「そうだな」

 「「ふふふふっ、ハハハハハハハハハーーー」」

 祝賀会での質問者たち、ひいては山崎代表、さらに後継者の弥一郎氏の覚えが良くなれば、自分たちの未来は明るく開けると信じて疑わない二人の笑い声はいつまでも続いた。


-----五菱商事創業百五十周年記念祝賀会の三日前-----

 山崎弥太郎は、腹心の部下であり、五菱評定の大番頭である五菱重工社長の豊川から、山科拓馬に関する調査結果の報告を受けていた。

 「そうか・・やはり、彼は天涯孤独なのだな・・・しかし、東京メディシンの状況、これはひどいな。この二人がいる限り、拓馬君の状況は好転しないだろう。その前に会社自体を危なくしてしまっているな。何かいい方法は・・・」

 「はい。先ずは拓馬君の方からですが、急ではありますが、五菱商事の祝賀会に二人を招待し、番頭たちを通じて、それとなく圧力をかけてみると云うのはどうでしょうか」

 「先ずは手始めにと云うことだな。それでいい。目立たないよう上手く頼むよ」

 「承知しました」
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