第80話 遥~忘れた男の噂
文字数 2,080文字
遥と秋元の結婚については、秋元の両親には思うところもあったが、遥が妊娠していることが決定打になり、遥の腹が目立たないうちにと式も急いで挙げることになった。
式と披露宴は、東京パレス・ヘストンホテルで盛大に行われた。
偶々、先に挙式の予定だったカップルの予約がキャンセルになったためだが、秋元と遥の父親たちのコネのお陰でホテル側も優先的に配慮してくれた結果だった。
職場の女性同僚たちからは盛んに羨ましがられた。
住まいも東京近郊に一戸建てを建てることが出来た。
普通の、それも就職して一年も経たないサラリーマンが、手に入れることは出来ない価格であったが、秋元の父親と遥の父親の多額の援助を受けることが出来たのだ。
それでも不足する金額はローンの申し込みをしたのだが、すんなり審査を通ったのだった。
玄関のドアの横には、秋元と遥の名前を書いた可愛い表札を掲げた。
23才で、結婚し、男児も出産した。
遥は、周囲の情勢が思い通りに進んで行くことに喜びも一入 だった。
結婚して5年が経ち、遥は28才になっていた。暫くすれば29才になる。
子どもは、5才と2才の男児が二人だ。
2才の次男を抱えて、長男を近くの幼稚園に送り迎えするのが日課だ。
結婚以来、週に一度はベビーシッターを雇い、エステに通っている。
7月からは、さらに週に一度フランス語教室にも通っている。
夫の秋元が、五菱自動車と技術提携をしているフランスの老舗自動車会社ノル―に2年ほど人事交流で派遣されることが決まったからだ。
派遣時期は、来年(2020年)4月の予定だ。
通っているフランス語教室は、五菱の御用達のような形になっている。
山崎代表の孫である龍馬坊ちゃんを初め、受講者は、全て五菱グループの企業に属する社員か、その家族で占められているからだった。
遥が通う日の受講者は、五菱自動車の関係者が多かった。
殆どが来年か近々にフランスに派遣される五菱自動車社員の妻たちだった。
フランスに派遣される社員は、夫の秋元が所属するデザイン課だけでなく幾つもの部署に亘っていた。
彼女たちは、レッスンが終わるとそのまま連れ立って昼食会に行くのだった。
そこでは、妻たちの親睦と様々な情報交換が行われるのだ。
美人ぞろいの妻たちの中でも一際 美人の遥は、いつも彼女たちの中心だった。
遥は、我が世の春を謳歌すると云うのは、今の自分のことだろうと思うのだった。
遥がフランス語教室に通い始めてすぐの頃、昼食会でちょっとした噂を聞いた。
6月に龍馬坊ちゃんが横断歩道を渡ろうとして、トラックに撥ねられたと云うものだった。
その時飛び出した青年によって、坊ちゃんは全くの無傷だったが、助けに飛び出した青年と云うのが五菱商事の関連会社の社員だったらしいと云うものだった。
遥は、へぇーそんなことがあったんだ程度の感想しか持たなかったが、夜帰宅した夫に何気なく話したのだった。
数日後、秋元が帰宅すると、遥に例の龍馬坊ちゃんの事故について、もっと詳しいことを話してくれた。
秋元は、大学の先輩である五菱商事の総務部次長に話を聞いたのだ。
五菱商事の総務部次長は、遥と秋元が付き合い始めたころの遥の上司で、その頃は総務課長だった。
秋元の先輩である総務部次長は、事故の件については、総務部長からまた聞きながら聞いていた。
総務部長も専務の一人から聞いた内容だったが、ほぼ事実に近かった。
また、東京メディシンは五菱商事の孫会社であったので、株主総会の書類や株主配当計画書、予算・決算書、それらの付属書類などが総務部にはその都度送られてきていた。
遥の元上司である総務部次長は、それらをチェックするのが仕事のひとつであり、東京メディシン社員の給与水準もよく把握していた。
夫の秋元は、話の中で、
「その龍馬坊ちゃんを助けたと云うのが、五菱商事の孫会社になる東京メディシンという会社の社員でね。山科拓馬と言うんだ。高校の同級生なんだが、しょぼい奴なんだ。ところが、こいつが今度平社員から三段跳びで課長に昇進したと言うんだ。笑ったよ」
「へぇーそうだったんだ。でも、課長なら給料も一気に上がって良かったね」
「ああ、上がったさ。年収300万円から700万円に2倍以上だ。命を懸けてこれだからな。他人事ながら泣けてくるよ」
「同じ課長でも、あなたの半分以下ね。大変でしょうね。」
遥は、拓馬と付き合っていたことは、当然ながら話さなかった。
秋元が不愉快な気持ちになることは分かっていたし、遥にとっても過去のことであり、どうでもいいことだったので話す気も無かった。
その時は、それだけで終わったのだが、二ヶ月後、新聞の経済欄に小さくだが、拓馬が社長に就任したと云う記事を見た時は、さすがに遥も秋元も驚いた。
一週間後、秋元は、前回と同じく大学の先輩で遥の元上司である五菱商事の総務部次長から拓馬が社長に就任した詳しい話を聞くことが出来たのだが、前回と違って、遥には何も話そうとはせず、何故か苛立 っている様子だった。
式と披露宴は、東京パレス・ヘストンホテルで盛大に行われた。
偶々、先に挙式の予定だったカップルの予約がキャンセルになったためだが、秋元と遥の父親たちのコネのお陰でホテル側も優先的に配慮してくれた結果だった。
職場の女性同僚たちからは盛んに羨ましがられた。
住まいも東京近郊に一戸建てを建てることが出来た。
普通の、それも就職して一年も経たないサラリーマンが、手に入れることは出来ない価格であったが、秋元の父親と遥の父親の多額の援助を受けることが出来たのだ。
それでも不足する金額はローンの申し込みをしたのだが、すんなり審査を通ったのだった。
玄関のドアの横には、秋元と遥の名前を書いた可愛い表札を掲げた。
23才で、結婚し、男児も出産した。
遥は、周囲の情勢が思い通りに進んで行くことに喜びも
結婚して5年が経ち、遥は28才になっていた。暫くすれば29才になる。
子どもは、5才と2才の男児が二人だ。
2才の次男を抱えて、長男を近くの幼稚園に送り迎えするのが日課だ。
結婚以来、週に一度はベビーシッターを雇い、エステに通っている。
7月からは、さらに週に一度フランス語教室にも通っている。
夫の秋元が、五菱自動車と技術提携をしているフランスの老舗自動車会社ノル―に2年ほど人事交流で派遣されることが決まったからだ。
派遣時期は、来年(2020年)4月の予定だ。
通っているフランス語教室は、五菱の御用達のような形になっている。
山崎代表の孫である龍馬坊ちゃんを初め、受講者は、全て五菱グループの企業に属する社員か、その家族で占められているからだった。
遥が通う日の受講者は、五菱自動車の関係者が多かった。
殆どが来年か近々にフランスに派遣される五菱自動車社員の妻たちだった。
フランスに派遣される社員は、夫の秋元が所属するデザイン課だけでなく幾つもの部署に亘っていた。
彼女たちは、レッスンが終わるとそのまま連れ立って昼食会に行くのだった。
そこでは、妻たちの親睦と様々な情報交換が行われるのだ。
美人ぞろいの妻たちの中でも
遥は、我が世の春を謳歌すると云うのは、今の自分のことだろうと思うのだった。
遥がフランス語教室に通い始めてすぐの頃、昼食会でちょっとした噂を聞いた。
6月に龍馬坊ちゃんが横断歩道を渡ろうとして、トラックに撥ねられたと云うものだった。
その時飛び出した青年によって、坊ちゃんは全くの無傷だったが、助けに飛び出した青年と云うのが五菱商事の関連会社の社員だったらしいと云うものだった。
遥は、へぇーそんなことがあったんだ程度の感想しか持たなかったが、夜帰宅した夫に何気なく話したのだった。
数日後、秋元が帰宅すると、遥に例の龍馬坊ちゃんの事故について、もっと詳しいことを話してくれた。
秋元は、大学の先輩である五菱商事の総務部次長に話を聞いたのだ。
五菱商事の総務部次長は、遥と秋元が付き合い始めたころの遥の上司で、その頃は総務課長だった。
秋元の先輩である総務部次長は、事故の件については、総務部長からまた聞きながら聞いていた。
総務部長も専務の一人から聞いた内容だったが、ほぼ事実に近かった。
また、東京メディシンは五菱商事の孫会社であったので、株主総会の書類や株主配当計画書、予算・決算書、それらの付属書類などが総務部にはその都度送られてきていた。
遥の元上司である総務部次長は、それらをチェックするのが仕事のひとつであり、東京メディシン社員の給与水準もよく把握していた。
夫の秋元は、話の中で、
「その龍馬坊ちゃんを助けたと云うのが、五菱商事の孫会社になる東京メディシンという会社の社員でね。山科拓馬と言うんだ。高校の同級生なんだが、しょぼい奴なんだ。ところが、こいつが今度平社員から三段跳びで課長に昇進したと言うんだ。笑ったよ」
「へぇーそうだったんだ。でも、課長なら給料も一気に上がって良かったね」
「ああ、上がったさ。年収300万円から700万円に2倍以上だ。命を懸けてこれだからな。他人事ながら泣けてくるよ」
「同じ課長でも、あなたの半分以下ね。大変でしょうね。」
遥は、拓馬と付き合っていたことは、当然ながら話さなかった。
秋元が不愉快な気持ちになることは分かっていたし、遥にとっても過去のことであり、どうでもいいことだったので話す気も無かった。
その時は、それだけで終わったのだが、二ヶ月後、新聞の経済欄に小さくだが、拓馬が社長に就任したと云う記事を見た時は、さすがに遥も秋元も驚いた。
一週間後、秋元は、前回と同じく大学の先輩で遥の元上司である五菱商事の総務部次長から拓馬が社長に就任した詳しい話を聞くことが出来たのだが、前回と違って、遥には何も話そうとはせず、何故か