第121話  2020年1月10日(金) その日のこと

文字数 2,688文字

 昨年(2019年)12月半ばの蔵入りの後、山崎弥一郎は、新体制となった東京メディシン改革の進捗(しんちょく)状況と事業報告を受けるためとの理由で、新社長である拓馬を呼び出した。
 いつもは、弥一郎が出席する会議は、五菱商事の東京本社で行うのだが、今回は、五菱商事国内商事部門本部で行うこととした。
 五菱商事国内商事部門本部は、東京メディシンの所在地である阿見浦市の南に隣接する東取手市にあり、拓馬としても都合がよく、優先的に日程調整を行ったのだが、会議は大晦日に近い年末となったのだった。
 拓馬への呼び出しは弥一郎自ら拓馬に電話をし、平身低頭しながら出席を請うような丁寧なものであったので拓馬は怪訝な気持ちになったのだが、会議の当日受付にいた皆藤明子と運命を感じる出会いをしたのだった。
 さらに、弥一郎から皆藤明子は娘であることを告げられ、娘明子に会ってほしいと言われ、年が明け2020年1月8日二人は山崎邸で正式に会ったのだった。
 その日のうちに拓馬は明子を自宅へ招き、母栞を紹介し秘密を打ち明けたのだった。
 拓馬の心配をよそに明子は全てを受け入れてくれ、拒否されることも覚悟していた拓馬は喜びの半面、肩透かしを食ったような気持であった。
 翌日、仕事からの帰宅後、明子に電話をすると拓馬が初めて五菱商事国内商事部門本部を訪れた時、明子は自動ドアから入ってきた拓馬にすぐに気が付き、拓馬と同じように一瞬で運命を感じたのだと打ち明けてくれた。
 拓馬は、土曜日にまた会いたいと言ったのだが、明子からは金曜日に京都の実家に帰る予定だと告げられたのだった。
 聞けば、1月生まれの母三和子と2月生まれの明子の誕生祝いと父弥一郎が出張で京都に行くので久しぶりに親子三人が揃うこと。その席で母と祖母に拓馬さんとのことを報告したいこと。これについては父弥一郎も了承しているとのことだった。
 拓馬にとって反対する理由は全くないので気を付けて行ってください。お母さんやおばあさんにはいずれ正式に挨拶に伺いますからよろしくお伝えくださいと言って電話を切ったのだった。
 だが、この時拓馬の心には一瞬何か分からない不安を感じたのだった。


 翌日(2020年1月10日)、拓馬は珍しく定時に帰宅した。
 昨日一瞬だけ感じた不安が拓馬の中で徐々に大きくなり、自宅に着いた時それは激しい焦燥感を伴う不安へと拡大していた。
 拓馬は、その日、明子のスマホに何度か電話を掛けたのだが、明子はその日新幹線に乗車する際スマホを誤って完全マナーモードにしていたため、拓馬からの電話にもメールにも気が付かなかったのだ。
 外は完全に夕闇に包まれた。京都もきっと暗くなっている時間だ。
 拓馬は、自分の中の不安が突然爆発するような錯覚に襲われた。
 拓馬は自宅のソファーに座っていたが、居ても立ってもいられず立ち上がった途端、栞の前で倒れたのだった。
 拓馬の体が一瞬白く発光した。


 拓馬は、意識のみとなっていた。自分が今向かっている先には明子がいる。それだけは明確だった。
 拓馬の意識は、夜の神社の境内にいた。そこには邪悪な四人の男たちと境内の入り口にキャリーバッグを引いて立つ明子の姿があった。
 拓馬に明子の思念が伝わってきた。神社の裏に出ると明子の実家だ。明子は神社の境内を通って実家に帰ろうとしている。

 『やめろ! 境内に入るな!』

 拓馬は、叫ぼうとしたが声が出ない。四人の男を止めようとしたが出来ない。
 まだ覚醒が十分ではないのだ。
 拓馬は、明子の実家へ飛んだ。その間1、2秒だろうか。
 しかし、その間、拓馬の宇宙生命体としての覚醒は驚くべき速さで進んだのだった。
 拓馬が、弥一郎と三和子の前に立った時、拓馬の輝核は、はっきりとした人型に発光していた。

 『明子が危ない! 急げ‼ 神社の境内だ! 』

 拓馬は、大声で叫んだ。
 同時に弥一郎の体に咄嗟に合一すると裸足のまま神社へと駆け出した。
 弥一郎に合一しても微睡むことは無く意識ははっきりしていた。
 弥一郎に合一した拓馬が明子のもとへ走りついた時、四人の暴漢は、二人が明子の上半身と下半身を拘束し、残りの二人が荷物を奪い、明子を杜の中に引きずり込もうとしていた。
 拓馬は、暴漢たちに襲い掛かった。拓馬の耳には暴漢たちを殴るどすどすと云う音しか聞こえなかった。
 その時、

 ⦅これ以上殴れば死んでしまいます! ⦆

 弥一郎の悲痛な叫びが聞こえた。
 我に返った拓馬は、暴漢たちを殴る手を止め、弥一郎から離れた。
 目の前には自分を見ている明子と弥一郎がいた。
 明子は突然のことに驚いただろうが怪我もない様子だった。ふと自分を怖がっていないかと心配になったが、真っすぐ拓馬を見る明子の眼は拓馬に対する信頼と愛情それに助かった喜びが見て取れた。
 拓馬は、そのような明子を見て安心したが、弥一郎には申し訳ないことをした。もし、弥一郎が止めてくれなかったら拓馬は弥一郎を殺人者にしてしまうところだった。
 拓馬は、弥一郎に申し訳なさそうに頭を下げた。


 拓馬の自宅では、栞が倒れた拓馬をベッドへ運び看病をしていた。
 栞は、拓馬の意識に同調し、事の顛末を共有していた。
 栞は、小さくため息を吐くと、
 (はぁ・・どうにか事なきを得たわね・・これで完全に覚醒するはずだけど・・・)

 拓馬は、三日間意識不明のままだった。目を覚ましたのは13日の夜だった。
 13日は、前日(日)の成人の日の振り替え休日であったため、拓馬が倒れたことは誰にも知られることは無く騒ぎになることはなかった。
 明子と弥一郎には事件の翌日、栞が弥一郎に電話し、拓馬が完全覚醒の過程にあることを知らせ、明子さんにも心配しないように伝えてくれと話していた。


 三日後、拓馬は目を覚ました。

「母さん、心配をかけたね」
「本当に、あなたの覚醒は、はっきりとした予想が出来ないのがきついわね。体は大丈夫?」
「大丈夫だよ。能力と肉体がなじむため数日間意識不明になってしまったけど」
「能力も肉体もそのままに転生するときは、過去に戻り歴史をやり直さなければならないときなのは皮肉よね。でも今回の歴史では、もう過去に戻ることは無い気がするわ」
「それは、首尾よくいこうがいくまいがもうやり直しは出来ないということ?」
「そうね」
「わかった。すぐに蔵入りをしよう。場所は、旧山崎本邸だ」

 拓馬は、明子に電話をした。明子がすでに落ち着いていることを確認すると、その夜、榊直と山崎本家の直正の前に現れ、先月の蔵入りと同じメンバーで三日後に東京の旧山崎本邸で開催することを伝えた。
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