第71話 闇の守護者~拉致
文字数 2,066文字
翌日の夕刻、兵隊カフェの裏の小屋に五人の男たちがやって来た。
男の中の一人が、無造作にドアに手を掛けると、ドアは、難なく開いた。
小屋の中には、入ってすぐのところに兵隊帽をかぶって白髪まじりの草臥 れた復員兵が一人、煙草を吸いながら椅子に座っていた。
復員兵の奥には、漬物用と思われる樽が、六樽ほど並び、さらに奥には、白いシーツが被せられた様々な形の物が並んでいた。
三人の男たちが、無遠慮に奥へと進み、シーツを取り除いていった。
「兄貴、間違いありません」
兄貴と呼ばれた男は、頷くと復員兵の前に進み、
「お前さんに、いい話がある。俺たちに付いてきてくれないか」
有無を言わせない言い方であった。
復員兵は、ゆっくりと立ち上がり、吸い残しの煙草を灰皿の底で押しつぶすと、帽子をかぶり直し、
「分かった。付いて行くよ。無体なことはしないでくれ・・・」
と言ったのだった。
立ち上がった復員兵を見て、兄貴と呼ばれた男が、
「お前さんも、大変だったな。40過ぎての招集じゃ若いもんに付いて行くだけでも難しかったろう」
復員兵は、黙ったままだった。
復員兵と五人の男たちは、ゆっくりと金子組まで歩いて行った。
復員兵が、少し跛行 していたからだ。
金子組に着いた頃には、辺りは夕闇に包まれていた。
事務所があるビルの近辺は、まだ街灯もまばらであり、人通りも数えるほどで、皆家路を急いでいるようだった。
復員兵は、男たちに押し包まれるように建物の中へ入って行った。
二階へと続く階段を上ると、ドアがあり、ドアの横には金子組と書かれた看板が掲げられていた。
兄貴と呼ばれた男が、先に事務所の中に入ったが、すぐにドアから顔を外に出して皆を中に入れた。
事務所の中は、思ったより広く、部屋の奥には重厚な机があり、壁を背にして椅子に座った親分らしき男が、机の前に立っている六人の男に何か指図をしていたようだった。
復員兵は、入り口の近くにあった応接用の椅子に座らされた。
親分らしき男が、ゆっくりと歩いてきて復員兵の前に座った。
この時、復員兵は、親分の椅子の後ろの壁に飾られた物を見て、少しだが感心していた。
(ほぅ、刀ではなく片刃の大鋸 か・・案外この親分、修羅場をくぐったのか?・・いや、この男は、大したことは無い・・どこかの親分の真似でもしたか?・・・)
刀の切り傷は、綺麗だ。
真っ直ぐに切れる。
つまり、縫いやすいのだ。
だが、ノコギリで傷つけると、そうはいかない。
修羅場をくぐった者なら、それが分かっているから刀ではなく大鋸を飾る訳だ。
金子組の親分、金在文は、イラついていた。
呼びつけたこの草臥れたような復員兵は、彼を見ても全く動揺するどころか、泰然としていた。
椅子に座る時も、
「俺の後ろに子分の人達は立たせないでくれ、怖くて何も言えなくなるから」
と言うので、復員兵の後ろには、子分たちを立たせなかった。
金子としては、余裕を見せたつもりだったが、この時点で、実は、自分が蛇に睨まれたカエルであることに気付くべきであった。
素人だと思っていたので、ボディチェックもしなかった。
大概の人間は、組へ呼びつけられただけで顔面蒼白となり、恐怖が顔に出る。
体が震えてまともに声さえ出せない者も多い。
その後の交渉は、いつも金子の思いどおりだった。
ところが、この復員兵は違った。
金子は、この復員兵の態度と、いつもの調子が狂ったことにイラついていた。
だから、彼は、一層威圧的に復員兵に対して話を進めた。
金子の一方的な話が一段落した時、
「親分さん、あんた、それじゃあ取り分が多すぎないか? 原料の仕入れや製造、小屋の維持にだって金がかかるんだ。こんな話は受けられんな」
とうとう、金子は大声を出した。
「おい、いい加減にしろ‼ てめえ誰に向かって話しているのか分かっているのか⁈」
金子の後ろに控えていた子分たちが、一斉に前に出ようとした時、ごとりと鈍い音がして、金子の前に拳銃が置かれた。
「おい、俺は、この前まで人を殺すのが仕事だったんだぜ、何なら今殺してやろうか?」
言うや、復員兵は、金子の襟首をつかみ、見た目からは思いもつかぬ力で立ち上がらせた。
金子のこめかみには拳銃がぴたりと当てられていた。
子分たちは、一斉に懐から拳銃を取り出そうとしたが、
「やめろ、後ろに下がれ、親分の頭がザクロになるぞ」
復員兵が、金子に顎をしゃくると、金子は、
「下がれ、下がれ!」
と、必死の形相で子分たちに命令したのだった。
子分たちは大人しく親分の机の隣まで下がり、壁際に立った。
(まるで、三文芝居のヤクザ映画だな・・ざっと7~8mか・・もし、撃ってきても弾が当たることはないな・・もっとも、撃てば親分に当たるかもしれないから撃てないだろうが・・)
現在の拳銃の性能は知らないが、当時は、7~8mも離れれば、撃っても弾は大きくそれてしまい、当たることは滅多に無かった。
戦場での実際の経験であった。
復員兵は、金子を引きずるようにして事務所を出た。
男の中の一人が、無造作にドアに手を掛けると、ドアは、難なく開いた。
小屋の中には、入ってすぐのところに兵隊帽をかぶって白髪まじりの
復員兵の奥には、漬物用と思われる樽が、六樽ほど並び、さらに奥には、白いシーツが被せられた様々な形の物が並んでいた。
三人の男たちが、無遠慮に奥へと進み、シーツを取り除いていった。
「兄貴、間違いありません」
兄貴と呼ばれた男は、頷くと復員兵の前に進み、
「お前さんに、いい話がある。俺たちに付いてきてくれないか」
有無を言わせない言い方であった。
復員兵は、ゆっくりと立ち上がり、吸い残しの煙草を灰皿の底で押しつぶすと、帽子をかぶり直し、
「分かった。付いて行くよ。無体なことはしないでくれ・・・」
と言ったのだった。
立ち上がった復員兵を見て、兄貴と呼ばれた男が、
「お前さんも、大変だったな。40過ぎての招集じゃ若いもんに付いて行くだけでも難しかったろう」
復員兵は、黙ったままだった。
復員兵と五人の男たちは、ゆっくりと金子組まで歩いて行った。
復員兵が、少し
金子組に着いた頃には、辺りは夕闇に包まれていた。
事務所があるビルの近辺は、まだ街灯もまばらであり、人通りも数えるほどで、皆家路を急いでいるようだった。
復員兵は、男たちに押し包まれるように建物の中へ入って行った。
二階へと続く階段を上ると、ドアがあり、ドアの横には金子組と書かれた看板が掲げられていた。
兄貴と呼ばれた男が、先に事務所の中に入ったが、すぐにドアから顔を外に出して皆を中に入れた。
事務所の中は、思ったより広く、部屋の奥には重厚な机があり、壁を背にして椅子に座った親分らしき男が、机の前に立っている六人の男に何か指図をしていたようだった。
復員兵は、入り口の近くにあった応接用の椅子に座らされた。
親分らしき男が、ゆっくりと歩いてきて復員兵の前に座った。
この時、復員兵は、親分の椅子の後ろの壁に飾られた物を見て、少しだが感心していた。
(ほぅ、刀ではなく片刃の
刀の切り傷は、綺麗だ。
真っ直ぐに切れる。
つまり、縫いやすいのだ。
だが、ノコギリで傷つけると、そうはいかない。
修羅場をくぐった者なら、それが分かっているから刀ではなく大鋸を飾る訳だ。
金子組の親分、金在文は、イラついていた。
呼びつけたこの草臥れたような復員兵は、彼を見ても全く動揺するどころか、泰然としていた。
椅子に座る時も、
「俺の後ろに子分の人達は立たせないでくれ、怖くて何も言えなくなるから」
と言うので、復員兵の後ろには、子分たちを立たせなかった。
金子としては、余裕を見せたつもりだったが、この時点で、実は、自分が蛇に睨まれたカエルであることに気付くべきであった。
素人だと思っていたので、ボディチェックもしなかった。
大概の人間は、組へ呼びつけられただけで顔面蒼白となり、恐怖が顔に出る。
体が震えてまともに声さえ出せない者も多い。
その後の交渉は、いつも金子の思いどおりだった。
ところが、この復員兵は違った。
金子は、この復員兵の態度と、いつもの調子が狂ったことにイラついていた。
だから、彼は、一層威圧的に復員兵に対して話を進めた。
金子の一方的な話が一段落した時、
「親分さん、あんた、それじゃあ取り分が多すぎないか? 原料の仕入れや製造、小屋の維持にだって金がかかるんだ。こんな話は受けられんな」
とうとう、金子は大声を出した。
「おい、いい加減にしろ‼ てめえ誰に向かって話しているのか分かっているのか⁈」
金子の後ろに控えていた子分たちが、一斉に前に出ようとした時、ごとりと鈍い音がして、金子の前に拳銃が置かれた。
「おい、俺は、この前まで人を殺すのが仕事だったんだぜ、何なら今殺してやろうか?」
言うや、復員兵は、金子の襟首をつかみ、見た目からは思いもつかぬ力で立ち上がらせた。
金子のこめかみには拳銃がぴたりと当てられていた。
子分たちは、一斉に懐から拳銃を取り出そうとしたが、
「やめろ、後ろに下がれ、親分の頭がザクロになるぞ」
復員兵が、金子に顎をしゃくると、金子は、
「下がれ、下がれ!」
と、必死の形相で子分たちに命令したのだった。
子分たちは大人しく親分の机の隣まで下がり、壁際に立った。
(まるで、三文芝居のヤクザ映画だな・・ざっと7~8mか・・もし、撃ってきても弾が当たることはないな・・もっとも、撃てば親分に当たるかもしれないから撃てないだろうが・・)
現在の拳銃の性能は知らないが、当時は、7~8mも離れれば、撃っても弾は大きくそれてしまい、当たることは滅多に無かった。
戦場での実際の経験であった。
復員兵は、金子を引きずるようにして事務所を出た。