第106話  一度目の歴史

文字数 4,205文字

 栞は、参集者の顔ぶれを見ると、

 「70才を過ぎた者が多いわね。部屋を変えましょう」

 と、言った途端、和室の様子が一変し、フローリングの床になり、参集者は、いつの間にかそれぞれ椅子に座っていた。
 椅子の座り心地も申し分ないものだった。

 「今日は、伝えることが多くあります。もっとも、これからは肉声ではなく、前に置いている指図書の内容を思念で伝えます。思念で伝えた内容は、忘れることはありません。ただ、少しだけ時間がかかります。伝え終わるのは深夜になるでしょう。途中で休憩も入れるので楽な気持ちで聞いてください」

 それから、栞は指図書の内容を参集者に思念で伝え始めた。
 時々休憩を取りながら栞の思念による指図は続いた。
 過去の指図も思念によるもので誰も指図書の中を直接見たわけではないが、指図書には、思念で伝えられる指図と一言一句違わない文面が書かれている。
 栞は冒頭で「楽な気持ちで聞いてください」と言ったが、この日の指図の内容は、参集者にとって楽な気持ちで聞けるようなものでは、全くなかった。

 30畳の和室は、さらに広いフローリングの洋間になっており、皆が座っている後ろには、15人が余裕で座れるダイニングテーブルが置かれ、休憩時には、好みでお茶やコーヒーまたは紅茶が飲めた。
 昼食や夕食時になると、テーブルの上にはそれぞれの体調に合わせた食事が並んだ。
 廊下もさらに伸び、洋間の次には広々とした和室が続き、廊下の突き当りには化粧室まで設置されていた。
 彼らは、食事も用を足すのも一歩も外に出る必要はなかったが、このようなことは過去の蔵入りには一度もなかったし、記録にも残っていなかった。
 女性ならではの栞の気遣いであった。
 ところが、驚くのはこれだけではなかった。

 和室からは外の景色が見えた。
 庭園があり、その向こうには太平洋だろうか、青い海原が続いていたのだ。
 栞の得意な空間創造だった。
 縁側の下の横に長い踏み石には、15人分の下駄が置いてあり、休憩時間に彼らは恐る恐る下駄を履き外に出た。
 全て本物だった。
 土も草も石も虫も、木も、空気も、風も、空を飛ぶ鳥も、空の青さも、海のにおいも、波も、太陽も、雲も、音も、色も、明るさも、広さも、全て本物だった。
 月並みだが、彼らは、夢を見ているのではないかと思った。

 栞の伝えた内容も驚愕の内容だった。

 始祖様と母君様は、元々人間ではなく、宇宙生命体であること。
 自分たちは今、同じ世界の四度目の歴史を生きているということ。
 
 最初の歴史で、始祖様と母君様は、5千万人の同胞とともに10億年前、故郷の惑星を発ち、5万年前に地球に到達したが、その時同胞は、50万人に減っていたこと。
 さらに同胞は減り、3千年前、最後の二人となった始祖様と母君様は、太古から約束の地と言われていた日本にやってきたこと。
 二人は、人間と同一(同化)せず、そのまま宇宙生命体として歴史を生きたこと。
 歴史の様々な時代で、始祖様と母君様は、何度も実体化という能力でその時代の人間となって生活をしたこと。
 地球人ではない始祖様たちは、人間の歴史に直接介入することはなかったが、何度も実体化による人間の形で生きて、様々な人々と関わるうちに多くの人と親交を結び、日本人としての意識も強くなっていったこと。

 栞は、日本に来て最初に合一した女の子が老人になって亡くなった後、拓馬とは、会えなかったと思っていたが、それは、何度か転生をするうちに記憶が混乱したための誤った記憶だった。
 
 また、二人が最初の歴史を実体化して生きていたときから、親子の山科栞、山科拓馬と名乗ったこと。

 ところが、2021年の夏、東京オリンピックが始まる直前、突如、北鮮(朝鮮社会主義共和国)が南鮮(大朝鮮民国)に侵攻を開始し、同時に日本へも数十発のミサイルが飛来し、全面戦争になったこと。

 この時の歴史では、南鮮に駐留していた米軍は前年に本国へ撤退しており、わずか半日で南鮮は占領され、北鮮はその勢いのまま対馬、壱岐にも上陸し、対馬と壱岐は、朝鮮固有の領土であると宣言すると、民族浄化をスローガンに日本人の虐殺を始めた。
 この時、北鮮の侵攻に合わせて中国(中華大民共産共和国)も台湾(中華大民自由共和国)と沖縄に侵攻を開始した。

 そればかりか、ロシア連邦(ロシアンゴル共和国連邦)までもが北海道に侵攻を開始したのだ。
 全ては、ロシア連邦を中心とする中国、北鮮の三国間による謀議の上の開戦だったのだ。

 第二次世界大戦とも謂われる大東亜戦争において日華事変の発端となった盧溝橋事件の発生、日米開戦を引き起こしたハルノートの作成に多くのソ連スパイが暗躍した。
 終戦直前にソ連は、日露不可侵条約を一方的に破棄し、南樺太、千島列島、北方四島を占領したが、真の狙いは少なくとも北海道までを手にすることだった。

 ロシアは、ロシア帝国(ロシアンゴル帝国)時代から、他国同士を戦わせ、結果、それらの国が疲弊するとその機に乗じて侵攻征服し、勢力を拡大してきたという歴史があった。
 謂わば漁夫の利を画策する謀略の国家であったが、それは、政治体制がソ連、ロシア連邦になっても変わらなかった。
 北海道の侵奪は、ロシア連邦となっても変わらないロシアの政治目的の一つだったのだ。

 ロシアは、早くから核技術を北鮮に提供して北鮮の核開発を支援していた。
 北鮮の核開発レベルが一定水準に達し、機が熟したとみると、北鮮の独裁者、朝鮮社会党総書記の銀正温に、悲願である朝鮮統一だけでなく、対馬と壱岐も領有できるとそそのかし、たとえ、事が成功しなくても一族のロシアへの亡命を保証すると約束した。

 中国に対しては、三方面から日本を攻めれば、たとえ米軍でも完全に我らを阻止することは出来ない、最悪でも、中国は、台湾を手にすることが出来るだろう。
 上手くいけば、沖縄も手中に出来るとそそのかしたのだった。

 そればかりか、ロシアと中国は裏で取引をしていた。
 それは、作戦が上手くいかなかったときは、侵攻の首謀者は、北鮮であると主張し、共同で朝鮮半島に侵攻占領し、物的、人的資源を徹底的に搾取(さくしゅ)し、この度の戦費に充てるというものだった。
 その際は、朝鮮半島は中国が実効支配し、ロシアは、陸地の鉱山資源と水産資源を中国と折半するというものだった。
 さらに、朝鮮半島の労働人口の半分を強制的にシベリヤの開発に従事させるというものだった。
 銀正温一族についても、いち早く拘束し、ロシアへ移送の途中に口封じのため処分するという計画だった。

 戦争開始初期において、米軍は様子見を行い、すぐに動こうとはしなかった。
 そのため、日本軍は多大の犠牲を払いながら、北鮮、中国、ロシアと交戦したのだった。
 九州の佐世保米軍基地に北鮮のミサイルが着弾したことによって米軍も参戦したが、米軍の初動の遅れにより、日本国は、甚大な被害を受けることになった。
 日本軍と日本人の犠牲者は、開戦初期の直接の戦渦による死亡者だけで二百万人以上となり、時間が経つにつれ被害は大きくなっていった。

 この時、拓馬と栞は、次々に殺されていく日本人を見て、怒りを抑えることが出来なかった。
 彼らは、初めて地球の歴史に大きく干渉した。

 まず、侵攻してきた三ヶ国の電子システムを全て破壊した。
 これにより、三ヶ国の侵攻軍は本国からの指揮命令はもちろん、侵攻してきた三ヶ国同士でも連携が取れなくなった。
 そればかりか、彼らの頼みの綱である核兵器さえ使用不能になってしまったのだった。

 だが、それだけでは、拓馬と栞の怒りは収まらなかった。

 壱岐対馬に上陸し、日本人を虐殺した朝鮮軍をすべて殲滅した。
 南鮮軍は、北鮮軍の侵攻の際、ほとんど抵抗らしい抵抗もせず、降伏をすると直ちに北鮮軍の指揮下に入り、喜々として日本侵攻に加わった。
 軍の名称も統一朝鮮軍と名乗っていた。
 日本に侵攻した朝鮮軍はもちろん、朝鮮半島に残っている朝鮮軍も一人残らず、蒸発させた。

 次に、北海道に上陸したロシア軍は、多くの日本人を殺害していたが、電子システムの使用不能という事態を日本軍の高度な技術による反撃と解し、北方四島に退き、軍備を再編し、日本軍の反撃に備えるため、北海道から撤退を始めていた。
 ところが、その途中、労働力となる若い男性だけでなく婦女子まで拉致強姦し、連行しようとしていたのだ。
 これを見た拓馬と栞は、ロシア軍の兵士だけでなく、装甲車などすべての兵器を塵一つ残さず原子分解した。
 北海道に侵攻したロシア軍だけでなく、北方四島、樺太、千島列島のロシア人は、一人もいなくなった。

 次に中国軍も殲滅した。
 沖縄の中国軍はもちろん、台湾に侵攻した中国軍も全て蒸発させた。
 敗戦が濃厚になった終盤、中国軍は、保有する全ての核爆弾を手動で強制的に発射させた。
 だが、電子制御がされていない核弾頭を搭載したミサイルは、中国の各地に墜落し、大惨事を招いた。
 その中には、世界最大ともいわれる四峡ダムがあった。
 四峡ダムにミサイルが直撃し、決壊した大量の水流による死亡者は2億人に上った。
 その他の地域でもいくつもの大都市や原子力発電所にミサイルが直撃し、結果的に14億の中国人のうち生き残ったのは、1億人以下だった。

 中国共産党も朝鮮社会党も全て消滅した。
 ロシアに亡命を図った銀一族は、ロシア領に入った所で密命を受けていたロシアの秘密工作員に謀殺された。
 それを見た拓馬と栞は、緊急の人民代議員大会が開催されていたモスクワのクレムリン宮殿へ飛んだ。
 クレムリン宮殿には、プーチコフ大統領始め、ロシアの最高権力者が集まっていた。
 その日、ロシアの最高権力者たちは、一人残らず蒸発した。


 全てが終わって、拓馬と栞は大気圏から黙って地球を眺めていた。
 眼下には龍のような形をした日本列島が見えていた。
 その時、抗いようがない大きな力が、二人を飲み込むように包んだ。
 二人は、眼下の日本列島に向かって落ち始めた。

 二人にとっても初めてだったが、『転生』という言葉が突然浮かんだ。

 ⦅人間として生まれ変わるなら、今度こそ必ず親子として生まれよう⦆

 二人は手をつないだまま、日本列島に吸い込まれるように落ちていきながら、闇に沈むように意識を失ったのだった。
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