第109話  二度目の歴史~二条天皇

文字数 1,903文字

 しんと静まり返った蔵の中で、栞と拓馬が生きてきた歴史が思念によって語られていき、それは参集者の意識の中にはっきりとした映像を映し出していた。
 参集者は、皆が栞と拓馬と共に二人が生きた歴史を追体験していた。

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 平治の乱から六年が経ち、拓馬と栞にとっても平安の京の六度目の冬であった。
 この間、拓馬と栞は、一人または二人で何度か二条天皇を内裏に訪ねていた。

 拓馬と栞が帝を訪ねるときには、事前に天皇に思念でその旨を伝える。
 また、不思議なことに拓馬は公卿である従三位であり、母の栞も従四位であるため昇殿には何の支障もないというのが、公家や官吏、女官たちの認識であった。
 もちろん、拓馬たちが天皇に直答することも何ら問題はなかった。

 この不思議さを認識しているのは、天皇だけであるのだが、天皇は二人が天照大御神のお使いだと信じているので何の疑問も口にすることはなかった。
 また、拓馬たちが天皇に来訪の伺いを立てるときは、いつも、天皇が政務についての助言を望んでいるときであり、天皇にとっては渡りに船でもあったのだ。
 だから、拓馬たちが来訪をすると天皇は人払いをし、三人だけで話すのだった。

「ご無沙汰をしております。帝にあらせられては、ご健勝にて祝着至極に存じます」
「うむ、そなたたちの来訪を願っておったのだ。やはり、()使い様はお見通しなのだな」
「・・恐れながら、御心を悩ませられておられますのは、法皇様の蓮華王院落慶供養の日の行幸と寺司への褒賞の件かと・・・」
「そうなのだ・・法皇様は、これを契機に何らかの復権を狙われているのは明白である。我が行幸をすれば、必ず、院政派は力を付け、天皇親政派との争いを招くであろう。行幸はするべきではなく無視するつもりだが、それは孝道に背くことになる・・・」
「ご心中お察しいたします。しかし、帝の進まれるべき道は、皇道にあります。御心のままになされることが良しと愚考致します」
「我と法皇様の道は違うと申すか・・・」
「仰せのとおりにございます。帝の歩まれる道は、たとえ時は移ろうと帝としてのあるべき姿にございます。法皇様の歩まれる道は、これからの朝廷と武家との折り合いでございます」
「それは、どういうことなのだ」

 拓馬は、後白河法皇が政治の実権を持たない時期もあったが、34年間の院政を敷き、鎌倉幕府成立まで生きること。
 その間、公家と武家との軋轢を一定の関係に落ち着かせ、幕府とは時に対立し、時には協調を図るなど、その後の七百年に及ぶ武家政治においても朝廷の存在と役割を確かなものにするという功績を上げるのだということを二条天皇に話したのだった。

 さらに、朝廷と公家が存続したことにより都の(みやび)な文化と武家の果断な行動と意志は、その後の日本文化の基礎となり、860年後の世界において日本が外交で世界へと飛躍する時代に大きな財産となるだけでなく、その後の二千年に及ぶ日本の王国と呼ばれる世界の繁栄をもたらす礎となることまでを、拓馬は語った。
 このころになると、拓馬たちは一つの可能性としてではあるが、ある程度先の未来を予知することが出来るようになっていた。

 まるで夢物語であったが、二条天皇は真剣に拓馬たちの話を聴いたのだった。
 二条天皇にとっては想像も理解もしがたいことであったが、拓馬は、二条天皇が翌年崩御することが分かっており、天皇に最期まで明るい未来の希望を持ってもらいたかったのであった。

 この時期、後白河法皇は、平治の乱以降政治の実権を失っており、院政も停止されていた。
 そのため、法皇は、信仰にのめり込み、特に千手観音への信仰を深くしていた。
 1164年には、平清盛の資金力を頼み、千体の観音立像を祀る三十三間堂と言われる蓮華王院を造営したのだった。
 法皇は、落慶供養の日に二条天皇の行幸を望み、これを好機に院政派の勢力挽回を狙っていたが、天皇が行幸をしなかったため、計画は潰えた。
 二条天皇は、後白河法皇の院政復活を警戒しながらも蓮華王院には荘園、所領が寄進された。
 翌年、二条天皇は体調を崩し、第二皇子(六条天皇)に譲位したが、一ヶ月後22才の若さで崩御したのだった。

 拓馬は、二条天皇を治癒することも出来たが、天皇の寿命を延ばすことはしなかった。
 その後の日本の歴史への影響が大きすぎたからであった。

 だが、拓馬と栞は、若くして亡くなった賢王二条天皇のことは忘れることがなかった。
 壇ノ浦で入水した幼い安徳天皇だけは助けたいという欲求に駆られたのだが、辛うじて自制した。 
 拓馬たちは、安徳天皇の訃報を聞くことしかできないことに忸怩たる思いをしたのだった。
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