第35話  竹田製薬工業の再生~近藤との会談

文字数 2,626文字

 高田裕次が運転する車の後部座席に、近藤康平と裕次の妻となった里帆が座っていた。

 「君の家に最後に行った時と、法要の時の目が同じだと感じて、私がお父さんの同志ではないかとよく気が付いたね」

 「それに、裕次さんが統括に招待状を持って行った時、統括は、五菱重工の吉岡総務部長についてお話になりましたね。あれは、父から聞いたのではありませんか」

 「そこまで・・・」

 「研究者肌で、あまり社交的でない統括が、吉岡総務部長の事までご存知だったことと、一年前に聞いたと云うことからそうではないかと思いました。勘ですけど・・・」

 「参ったね・・・」

 やがて三人は、五菱重工総務部長の吉岡幹一の自宅に到着した。

 幹一と近藤の会談は、深夜まで続いた。

 「お話は、よく分かりました・・ですが、竹田社長に知らせないことが、私にはどうしても・・・」

 「お気持ちはよく分かります。それについては、近藤さんのお気持ちを大事にしたいと思います。竹田社長にお報せになった場合は、それに応じて計画の変更をいたします」

 「・・・」

 近藤は、里帆と裕次を見た。
 近藤の表情には、複雑な心情が垣間見えるようであった。

 「・・おじ様・・私は・「統括!」」

 里帆の言葉に被せて、高田裕次が発言した。

 「統括は、私たちを巻き込むことを心配なさっているのではありませんか。
 でも、統括と同志の皆さんも、今の私たちと同じような年齢の頃から会社のために活動されていたのではありませんか?
 私たちが、このような困難で大事なことを先輩方だけに任せて安閑としていられるとお考えですか。
 それに、私たちには統括と同志の皆さんは先生のようなものです。
 ご指導をいただければ、むざむざ奴らに後れを取ることは無いと思います。
 統括、私たちも会社のために働きたいのです。
 是非、同志に加えてください。お願いします」
 「お願いします」

 さらに続けて、

 「私は、社長に知らせるべきではないと思います。
 統括のお気持ちは当然だと思います。
 でも、これからしようとすることは大手術です。
 時間も人も要します。一つの遺漏も許されません。
 ・・敵対する人間にも家族や生活もあります。
 しかし、彼らに会社を追われた人も大勢います。
 人を追い落とした以上、自分が追い落とされる覚悟がないとは言わせません。
 もはや、徹底的に確実に殲滅しなければいけない戦いだと考えています。
 そうでなければ、新しく生まれ変わらせようとする会社に禍根を残します。
 ・・社長に何も知らせず、計画を進めた場合、統括は事が成就した時、社長に無断で行動したことの責任を取ろうとお考えではありませんか。
 その時は、私もご一緒させていただきます。」

 「・あなた・・」

 裕次の言葉には(てら)いも気負いも無かった。

 「・・すまない、少し考えさせてくれないか・・・
 ・・吉岡さん、本日は、ありがとうございました。ご返事は、同志に諮る必要もあります。少しだけお時間をください」

 「もちろんです。近藤さんが納得できる結論が出るまでお待ちしています」


 帰りの車中、近藤は終始無言だった。

 (最初は、里帆ちゃんに一本取られたような感じだったが、最後は、高田君に一本取られてしまったな。
 確かに、俺たちにも若いときはあった。あの頃は無鉄砲だったな。完全に経験不足だった。
 その苦い経験が若い人たちの役に立つというのも、巡り合わせというものか・・
 この二人なら、黙っていても新しい同志を作るだろう。
 若い同志を守れないなら、俺たちはもう前を向いて歩けない。
 ・・敵を騙すなら味方からと云うことだろうな・・その味方が社長とはな・・・
 責任を取るのは俺一人で十分だ。
 若い人を道連れに出来るはずが無い。
 ・・山崎家が、竹田家とは過去に親交があり、さらに五菱グループにとって利があるとはいえ、何故ここまで他社の事を考えるのか、何か裏があるのではないかとも思ったが、取り越し苦労のようだ。
 そもそも、山崎弥太郎氏は、五菱財閥総帥の血を引くとはいえ、実力であの五菱グループを率いている人だ。器量が違い過ぎる。
 ・・吉岡さんは信頼できる。決心が付いたら、山崎弥太郎氏や豊川副社長にも会ってほしいと言われたな・・・
 ・・結論は出たな・・緊急の招集をしなくては・・・
 最後のご奉公の時が来たようだ・・・)

 二日後、久しぶりの同志全員の会合が持たれた。
 皆、近藤の報告と説明に驚いたが、数時間の後、全会一致で結論は決まった。

 近藤は、同志全員の意志がまとまったことを吉岡へ伝えた。
 同志全員が、この度の会社再生の計画に賛同し、山崎弥太郎らと同心して、その指示のもと動くことを決意したのだ。

 五菱グループとはいえ、いや、巨大な五菱グループであるからこそ吸収され蹂躙されるのではないか、本当に竹田製薬工業として再び生まれ変われるのか、皆が不安に思った。

 だが、
① 亡くなった井上修一が、山崎弥太郎を頼るべきだと主張していたこと。
② 同志のリーダーである近藤が、直に五菱重工のNO.3である吉岡幹一に会って話したこと。
③ その結果、井上修一と意見を異にしていた近藤が、山崎弥太郎らの計画に賛同していること。
④ さらに、自分たちの若い時と同じような新しい生え抜きの社長派が、いずれ誕生するであろうこと。
⑤ メンバーの増員は、長年の懸案事項であったこと。
⑥ 今を逃せば、会社は、いずれ存続さえ危ぶまれること。
 
 これらのことが、彼らを決断させる要因となった。

 しかし、最も大きな要因は、同志メンバーたちの近藤康平と井上修一に対する信頼であった。
 彼らは、この二人を中心に長い年月戦ってきた戦友なのだ。


 吉岡幹一の要請で、近藤康平を含む同志全員、計30名が、都内の料亭に三々五々集まった。

 この料亭は、名義こそ違え、山崎家が戦前から実質的に所有しているもので、弥太郎が、密談をするときによく利用される。
 出入りが目立たず、料亭内では他の客と顔を合わせることがない造りになっているのだ。
 彼らは、離れの建物に案内された。

 離れには、吉岡幹一、高田裕次と里帆、吉岡幹一の子息の孝太郎が先に来ており、近藤らを迎えた。
 近藤は、高田裕次と里帆の名は伏せていたので、二人を見た同志たちは、驚いたり喜んだりと話が弾んだ。

 女将が、「お見えになりました」と伝えに来た。

 五菱重工社長の山崎弥太郎、副社長の豊川良一が部屋に入って来た。
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