第57話  闇の守護者~戦地

文字数 2,020文字

 (ただす)は、司令部付き将校として南方の島々を転戦していた。
 直が最初に南方へ派遣された頃は、まだ日本軍の進撃が続いていたが、段々と戦況が厳しくなってきた。
 敵の空襲を受けることもあり、司令部は、安全な場所を求めて頻繁に移動するようになった。

 元々司令部は、比較的安全な場所に設置されるのだが、直が所属する部隊は、一等安全だと言われた。
 ある時、司令部が移動をしていたのだが、それまで私見を述べることが殆ど無かった直が、急に変更を申し立てた。

 先行して司令部(ごう)の設営の準備も進んでいたが、設営に従事している兵も至急避難するよう強硬に上官たちに懇願したのだ。
 司令官付きの高級参謀の中には、土佐の出身者がおり、直の必死の進言を聞くと、直ちに司令官に変更の具申をした。
 司令官は、訝しく思いながらも、「さもあろう」と一言で了承した。

 結果は、司令部の移転予定地で設営に当たっていた兵たちが退去した直後、大量の爆弾が投下され、兵たちは、九死に一生を得たのだった。
 米軍は、何も、ここに日本軍の司令部が設営されていると分かって、投下したのではなかった。

 目的の爆撃地での作戦終了の後、帰路の途中で機体を軽くするため、偶々(たまたま)残った大量の爆弾を落として行ったのだ。
 それほど、彼我には物量の差があった。

 司令官の祖父は、徳川幕府の旗本として、薩長と最後まで戦った武士であったが、

 「もし、土佐の一条家、いや、その家臣である山崎家が相手だったら、徳川の侍たちもあそこまで抵抗はできなかったろうよ」

 と、晩年、幼い孫である司令官に語っていた。
 それほど、この世界での戦国時代から徳川幕府の時代、山崎家の類い稀な戦術と武勇は、日本中に鳴り渡っていたのだ。

 また、司令部の者は、直が、本来は山崎本家を嗣ぐべきなのを、産まれて直ぐに榊家に養子に出されたことも知っていた。
 榊家と云えば、山崎四天王の四家を引き連れて、戦場で獅子奮迅の働きをした事は、誰もが知っていることだった。

 この世界でも、関ヶ原の戦いの後、家康は山内氏に土佐を与えようとしたのだが、長曾我部を倒して土佐を実効支配していた一条家をどうしても征伐することが出来ず、幕府は、土佐は朝廷の御料地であり、公卿である一条家が代官として治めているので、不入の地とすると定めた。
 つまり、幕府は、土佐征伐が失敗したため、幕府の体面を保つために、土佐は朝廷の領地で一条家は朝廷の代官であるという位置づけにし、幕府として関与はしないとしたのだった。

 ところが、幕府は、土佐征伐を諦めた訳ではなく、それからも度々難癖とも言うべき理由を付けては、その後も、10年から20年の間隔で10回も土佐征伐を試みた。
 だが、幕府の大軍をもってしても、遠征は一度も成功しなかった。
 征伐のことごとくで幕府軍は大敗をし、もはや、土佐への出陣の命を受けた侍たちは皆、死を覚悟して、家族や親戚の者たちと水杯(みずさかづき)で今生の別れをするようになった。

 ところが、安永の征伐(安永3年・1775年)を最後に、以後は行われなくなった。
 天明2年(1782年)から天明8年(1788年)にかけては、天明の大飢饉が発生し、特に東北諸藩には、もはや参陣する力が無くなったのが、表向きの理由だが、貨幣経済が進む中、相変わらず年貢を主な収入としていたことや、幕藩体制という閉ざされた組織の弊害と、組織自体の経年疲弊などの理由で、幕府は、十分な対応ができなかったのだ。

 先見の明を持つ者にとって、幕府の衰退は、この頃から動かしがたいものと映るようになった。
 天明の大飢饉を境に、幕府には、土佐20万石など多大な犠牲を払ってまで獲得するメリットも余裕も無くなっていた。

 そればかりか、連戦連敗の幕府軍は、心底、土佐の山崎軍を恐れるようになっており、戦意も喪失していた。
 山崎軍の武勇ばかりでなく、異能とも言える能力を持った人間を輩出する山崎家は、日本中の侍たちに畏怖の念を以って語られるようになっていたのだ。

 だから、直の進言は、土佐出身の参謀はもちろん、司令官も同意したのだった。
 この時から、直は常に司令官付き将校として転戦するのだが、戦局は日毎に悪化するばかりであった。

 そんなある日、直にインドシナへの異動命令が下りた。
 直は、同じく異動の命を受けた何人かの将校と兵たちと共に所属していた南方の島嶼(とうしょ)を離れ、米軍の潜水艦にも発見されず、無事目的地に上陸したのだった。

 この数ヶ月後、それまで所属していた部隊が、玉砕したことが知らされた。
 直は、この時、一人呟いた。

 「・・こればかりは、どうしようもなかった・・・俺は、あの島で死ぬ積もりだったのだが、やはり、生きなくてはいけないのだろう・・・」
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