第70話  闇の守護者~もう一つの顔

文字数 3,872文字

 日本総合警備保障会社の創業と同じ昭和22年、潜水艦イ407の元艦長の綿見真市、その腹心であった副艦長の森崎繁房、元操舵手の笠原正人の3名を中心として構成員15名の政治団体、「日本政治研究所」が、都内にひっそりと設立された。

「日本政治研究所」の要綱には、

1.アメリカの占領下からの早期の独立を図る。
2.新しき象徴天皇制の下、一致団結して、国体の護持と国力の増強に身命を捧げる。
3.独立国として、自主憲法の制定を目指し、自主自衛の道を切り開く。
4.他国のいかなる形であっても、日本国に害となる侵略を許さず。
5.後世を託す青少年の教育は、国の重大責務である。
 教育こそが、国民の民度を高め、国運の向上を引き寄せ、それは国力の増大へと繋がり、ひいては、日本国の国益に最も叶うものと信ずる。
 そのため、歪曲捏造された自虐的歴史観を一掃し、日本の正しい歴史と公序良俗の美風を後世に残す。
 そのための教育の振興に援助を惜しまない。

の五点が記され、時代の推移とともに少しづつ加筆訂正されていった。

 第一点のアメリカからの独立は、昭和26年に、サンフランシスコ講和条約が締結され、日本が主権を回復したので、最初に削除されたが、他の四点は、その後も変わること無く会の重要な要綱として活動の主な指針となった。

 日本政治研究所の初代所長には綿見、副所長には森崎、幹事長には笠原が就任した。
 しかし、この団体の真の設立者は、直であった。
 彼が表に出ることは無かったが、実質的な主宰者として、綿見らは、彼のことを「総裁」と呼んだ。


 ----横浜の闇市----

 直の直属の部下である坂口俊男は、横浜の闇市で、雑炊や豚汁といった食い物の屋台を出していた。
 彼の屋台は、評判がよく、常連が多かった。
 彼は、それらの客と話しをしながら所の色々な噂を集めていた。
 坂口は、戦争中は斥候として非常に有能であり、潜入調査を得意とした。
 直の親友であり、戦友であった鈴木勘四郎の戦死を、直に知らせたのも彼であった。

 休憩時間、彼は、食い物の屋台を手伝いの人間に任せて、散歩がてら他の屋台をそれとなく廻るのを習慣のようにしていた。
 今日は、焼酎の屋台の隅の方で、先ほどから、柄の良くない二人の男と焼酎を飲みながら、小声で何やら話をしていた。

「お前が持ってきた例の物だが、あれは良いな、兄貴たちも皆驚いて喜んでいたぜ」
「そりゃあ、喜んでもらえて何よりです」
「あれは、どこから手に入れたんだ?」
「いや、あっしも人づてにもらったものなんで、詳しくは知らねえんですよ・・・あっ、あいつですよ、目深に帽子をかぶった・・手ぶらだから・・今から帰るのか、それとも物の仕入れにでも行くのかな・・・」

「・・おい、()けるぞ」 「おぅ」

 二人の男は、坂口が指さした男の後を追って去って行った。


 二人の男は、このところ勢力を増してきた半グレ集団の構成員で、坂口ら屋台の店主らから場所代を取り立てに来ていたのだ。
 彼らは、半グレ集団であったが、戦後すぐから急速に力を付け、横浜の焼け残ったビルの一角に事務所まで持ち、金子組と書いた看板まで掲げていた。
 だが、彼らは、ばくちだけでなく、恐喝や薬物売買、婦女暴行など好き放題に悪事を重ね、所の昔からの博徒や香具師の島を荒らし、あちこちで小競り合いを繰り返していた。

 警察は、十分に取り締まりが出来ず、彼らは、さらに増長するだけではなく、次第に狡猾となり、その犯罪も巧妙悪質化してきていた。
 最近は、特に覚醒剤の密売に血道をあげ、非行少年や娼婦をはじめ、復員兵や普通の一般人まで巧妙に誘い、多くの薬物常習者を仕立て上げていた。


 坂口が屋台を出している闇市周辺は、戦前から博徒の山本組が仕切っていたが、ここにも金子組が強引に割り込んできて、場所代を取り立てるようになっていた。
 闇市に店を出している者たちは、山本組に場所代を納めていたのだが、金子組にまで場所代を要求されるようになったのだ。

 金子組の連中は、店主らが支払いを拒否すると暴れ、騒ぎを聞きつけた山本組の組員が駆けつける前に引き上げていくのだった。
 業を煮やした山本組の若頭である小松時次郎が、組員三人を連れて、彼らのアジトに乗り込んだのだが、自分たちは何も知らない、関係ないとのらりくらりかわされるだけであった。
 そればかりか、小松たちの前に座った金子組長の後ろには、数人の金子組の組員が立ち、胸元からちらちらと拳銃を覗かせていたのだ。

 小松たちは、出来れば穏便に済ませたいと思っていた。
 それでも用心のため、懐には短刀を忍ばせていたが、相手が拳銃では分が悪く、その日は帰るしかなかった。
 だが、それで収まる訳はなく、山本組と金子組は、一触即発の状況となっていた。


 半グレの二人が、薬の売人ではないかと目星を付け、後を追けた帽子を目深にかぶった男は、綿見の元部下で谷源蔵と言い、「日本政治研究所」の構成員である。
 谷は、兵隊カフェの裏にある小屋へ入ろうとしたようだったが、ドアが閉まっているらしく、すぐに引き返して何処かへ歩き去って行った。

「おい、お前は、あいつを追え、俺は、近くで聞き込んでみる」
「わかった」

 指図された男は、谷の後を追った。
 残った男は、小屋を覗いてみたが、小屋には、窓が無く換気のためと思われる煙突があるだけだった。
 それから、近所で小屋のことを聞くと、その小屋は、兵隊カフェの店主の所有だと分かった。
 男は、小屋の住人について探るため、兵隊カフェの中に入って行った。

 兵隊カフェの中では、山田忠夫が一人店番をしていた。
 男は、珈琲を頼むと、裏の小屋について忠夫に色々と尋ねた。

 忠夫は、詳しくは知らないが、小屋は、つい最近、人に貸しており、賃借人は復員兵で、漬物を作って売り歩いているようだ。
 漬物は、一人で作っているようだ。
 良い人のようだし、賃貸料も相場より高く払ってくれると云うので、兄が貸すことにしたらしい。
 今日は留守だが、明日の夕刻前には帰って来ると聞いている。
と、男に話したのだった。

 男は、3時間ほど小屋から離れた場所に立っていたが、一人も小屋への出入りが無いことを確認すると、そのまま組へ帰って行った。

 男は、組に帰ると、今日のことを親分と兄貴たちにそのまま報告した。

 薬を密造していると思われる小屋は、兵隊カフェと云う喫茶店の裏にあり、道路沿いには、まばらに店や人家があるが、一旦裏手に入ると、小屋の周辺は空き地が広がっている。
 闇市にもそう遠くはなく、利便性も良い。
 密造の立地条件としてはこの上なく良い。
 漬物は表向きで、薬を密造していることに間違いないようだ。 
 密造者は、そこの賃借人だろう。
 一人で作っているようだが、俺たちの同業という訳ではなく、化学に詳しい素人のようだ。
 まだ、始めたばかりで販路も広くはないようだ。
 今のうちに俺たちの手駒にしておくべきだろう。

 金子組の親分とその主だった子分たちは、兵隊カフェで聞き込みをした子分の報告を聞いてこのように考えた。
 親分は、報告をした子分の男に案内をさせ、明日の夕刻、その密造者と思われる賃借人を事務所に連れて来いと、主だった子分の一人に命令した。

 一方、谷源蔵を追けたもう一人の男は、谷に難なく尾行を巻かれ、むなしく手ぶらで帰って来た。

 谷源蔵は、テニアン島沖で浮上した潜水艦イ407から、原爆を積んで東京に向かおうとしたB29を一発で撃墜した砲撃手だった。
 彼の集中力は凄まじく、闇市から二人に追けられていたことも、尾行者が、小屋からは一人になったことも分かっていた。
 尾行者を巻くなど彼にとってたやすいことだった。
 
 後に、谷源蔵は、半グレ集団など悪質な反社会的組織の壊滅で中心的な役割を果たすことになっていくのだった。

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   お知らせ(若干のネタバレあり、ご注意!)

 「人生大逆転!」をお読みいただきありがとうございます。
 おかげさまで、執筆も順調に進み、第70話まで書き終えることが出来ました。
 戦後の榊直の動きを軸に話が展開している所です。
 直の話が一段落したところで、現代に戻り、また新しい展開が始まります。
 当然、直の話とも繋がっていますが、拓馬の事業にも触れ、新しい恋人との出会い、その母親にまつわる話、さらに思いがけない人物との関係などを予定しています。
 大人の男女の関係を扱うことにもなりますが、物語の進行の中で必要と思われる範囲で品位を落とさない表現にしたいと思っています。
 必要最小限の表現については、暴力についても同様です。
 さらに、宇宙生命体としての拓馬自身の核心的な・・・、そして迫り来る国難・・・と、話は次の展開へと向かう予定です。
 乞うご期待と、応援のほどよろしくお願いいたします。

追伸
 今日(2020.5.22)、初めてランキングを見て驚きました。
 作品タイプ「一般小説」、ジャンル「現代ドラマ・社会派」で、週間1位、三日1位、本日1位でした。
 4月15日から作品を投稿していますが、三月と月間は、ともに4位、年間は8位でした。
 ランキングなど縁が無いものと思っていましたので、大変驚き、そして、すごく嬉しいです。
 読んでくださっている方々に心からお礼申し上げます。
 本当にありがとうございます。
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