第104話  72年ぶりの蔵入り~姿絵の四人

文字数 1,476文字

 蔵入りのために参集した紋付羽織袴姿の15人は、山崎直正を先頭に全員が蔵へと入った。

 蔵の内部は、照明もエアコンもないのだが、ちょうどよい温度と湿度であり、温かい明りに包まれていた。
 観音開きの戸前(入り口)から入ると、一坪ほどの三和土(たたき)に上がり(がまち)、さらに幅一間(いっけん)、長さ五間の板張りの廊下に接して、藺草(いぐさ)のにおいも新たな三十畳の青畳が続いていた。
 柱、梁などの主要な構造材には檜が使われており、その香りは、まるで森林浴をしているかのようであった。

 外見とは全く違う内部の広さと、70年以上誰も中に入っていないはずなのに新築と同じ状態であることに誰もが啞然とした。
 それは、これが三度目となる榊直も同様であった。

 だが、誰も一言も漏らさず、静かに事前に指定された場所に座った。
 席順は、最前列中央に山崎直正、その両脇に正面に向かって左に榊直と右側に山崎弥太郎の三名
 二列目には、左から榊直巳、榊直哉、山崎直樹、山崎弥一郎の四名
 三列目には、山崎四天王家の当主四名が、左から豊川良一、荘田平蔵、近藤簾司、末延道夫の順で座った。
 四列目には、同じく山崎四天王家の後継者の四名が、左から豊川良介、荘田平吾、近藤簾吾、末延道信の順で座った。

 全員が座り、一斉に平伏した。
 皆が平伏した前には、八寸ほどの高さに奥行き三尺幅三間の床の間があった。
 やがて、平伏した者たちは、ゆっくりと顔を上げた。

 一瞬、陽炎が立つような揺らめきを皆が感じた後、床の間には、引き出しなどがない簡素な文机が現れ、その上には巻物が置いてあった。
 さらに、床の間の壁に長大な掛け軸が現れたのだった。
 その掛け軸には、等身大の四人の人物の姿絵が描かれていた。
 四人の背景には、白木蓮が描かれていた。

 山崎四天王家の八名は、その白木蓮を見て納得するものがあった。
 何故なら、前列に座る七名の山崎一族の背にある家紋の文様が全て白木蓮をあしらった図柄であったからだ。
 山崎一族にとって白木蓮の家紋は、裏紋であり私事に使うものである。
 表紋と言われる公用で使う家紋は、山崎家は重ね五菱、榊家は榊の葉を(かたど)ったものである。

 榊家が、裏紋として主家と同じ白木蓮を昔から許されているのは、単に筆頭家臣だからだと思われていたのだが、今や榊家は山崎一族であり、始祖様は、最初からこれを見越しておられたのだということを皆が理解したのだった。

 だが、それよりも重大なことが姿絵には描かれていた。

 白木蓮を背景にした姿絵の四人は、前列の右側に二十代後半の男性、並んで左にはさらに若い女性、その女性の左斜め後ろには前列の男性と変わらぬ年齢の女性、そして前列男性の右斜め後ろには、壮年の男性が描かれていた。

 前列の若い男性は、直衣(のうし)姿に烏帽子を被り、女性は二人とも(うちぎ)姿である。
 後列の壮年の男性は武者姿であり、主を護衛する侍であろうと思われる。
 平安の上流公家が、邸内か、野山に来て、白木蓮の下で寛いでいるように見える。
 四人ともにこやかで幸せな表情に見えるものであった。

 四人の横には、その氏名が記されていた。
 武者には、「榊清丸」
 後列の女性は、「御母君 栞様」
 前列の女性は、「御台の方 明子様」
 そして前列の若い公家は、「御始祖三位様 山科拓馬卿」
 とあった。

 前列に座る者は勿論、不思議なことに、離れた後列に座る者も全員が、はっきりと書かれた文字を認識できたのだった。

 その時、「御母君 栞様」と記された女性の姿が、絵の中でかすかに揺らいだかと思うと、次の瞬間には、参集した者たちの前に、実体を持った姿で立つ彼女がいた。
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