第41話  竹田製薬工業の再生~総会対策

文字数 2,643文字

 警察発表があった翌日、竹田製薬工業の臨時株主総会が開かれた。
 担当部署は、社長室である。
 株主総会の担当所管は、3年前、総務部から社長室へ移管されていた。
 議案は、敵対派閥の期待に反して圧倒的多数で可決された。
 総会は、一部の反対意見があったものの取り立てて混乱も無く、竹田製薬工業の廃業を提案した臨時株主総会は、平穏のうちに終了した。

 では何故、臨時株主総会は、平穏のうちに終了したのか。

 智之らは、次の二点を主な対策としていた。
 先ず、竹田智之と竹田一族を合わせた所有株は、解散に必要な総議決権の3分の2を有していたが、念のため、竹田一族だけでなく古くからの大株主にも事前の協力を取り付けておくこと。
 次に、株主の損失を補填するため、臨時株主総会時点での株価に一割上乗せして買い取ること。

 もちろん、これだけではない。

 武闘派と警察は、密接に連携を取っていた。
 敵対派閥の動きは細部まで把握していたため、最も良いタイミングでの一斉検挙や警察発表が行われたのだ。
 警察が民間企業に対してここまで協力したのは、それほどまでに武闘派の証拠が確かなものであったからだ。
 捜査や公判を最も効率的に進めるためには、智之たちと連携する事が、最も効果的だという判断があった。
 だが、それだけではない。
 竹田智之社長の為人(ひととなり)や、竹田製薬工業の長年に亘る社会への貢献に対する評価と信頼も大きいものがあった。

 警察官や検察官の中にも、身内や親族の中に難病で苦しんでいる者がいた。
 彼らは、竹田製薬工業の医薬品によって助けられたのだ。
 警察官や検察官とて人の子だ。
 彼らは皆、口に出さずとも心の中で竹田製薬工業に感謝していた。
 竹田製薬工業の再生を心から願っていたのは、智之や弥太郎そして社長派の人間だけではなかったのだ。

 しかし、臨時株主総会については、不安要素が全く無かった訳ではない。
 取締役会から株主総会が開催されるまでの15日間に、何らかの敵対派閥の工作によって、総会の成立要件である株主の過半数の出席が満たされないことも考えられた。
 また、議決権についても、敵対派閥の工作が功を奏し、万が一にも3分の1が反対に回れば、拒否権が発動されることになる。
 臨時株主総会の3日前に、敵対派閥の領袖たちが、記者会見を開いたのも株主に会社の背信という疑惑を持たせ、動揺を狙ったものだったのである。

 だが、三代に亘る社長の真摯(しんし)な経営姿勢を見てきた株主たちは、記者会見をする敵対派閥の領袖たちに胡散臭(うさんくさ)さを感じるだけであった。

 一般の株主は、急激に落ち込んだ株価を見ながら、いかに損失を抑えられるかが最大の関心事だった。

 また、反対することで、会社が提案する損失補填(ほてん)の増額を勝ち取ろうと思っていた株主も警察の逮捕劇を見て、

 (・・・日本の警察は優秀だ。奴らの逮捕が、警察の一連の逮捕劇の最後になったのは、特にやばい犯罪で、証拠集めに時間がかかったのではないだろうか・・・)

 さらに、警察発表で産業スパイ防止法の違反容疑であったことを知ると、

 (・・なんてことをやっていたんだ・・・明日の臨時株主総会で強硬に反対すれば、奴らと同じ穴のムジナと思われかねないぞ・・そうなったら面倒なことになる・・ここは大人しくしておくに越したことはないな・・・)

 こうして、臨時株主総会の趨勢(すうせい)は開始前に決まっていた。

 だが、臨時株主総会では、一部の大株主が強硬に反対した。
 彼らは、敵対派閥の初期の領袖たちの出身会社の創業者一族の主な者たちだった。
 彼らは、竹田製薬工業に吸収合併される時、自分たちに忠義を尽くす子飼いの者たちを竹田製薬工業に送り込み、その後、彼らに派閥を作らせ、その活動資金の援助を行ってきたのだ。
 そのため、抗争派閥の構成員が、殆ど竹田製薬工業で採用された社員になった現在でも、派閥の旧出身会社の創業者一族とは深い繋がりが続いていた。

 敵対派閥と深い繋がりを持った旧創業者一族の者たちは、やがて竹田一族を追い出して自分たちが返り咲くと云う(よこしま)な夢を持っていたが、同業他社への機密の横流しという禁じ手を使った時から、その莫大(ばくだい)な見返りに目が(くら)み、邪な夢さえどうでも良くなっていた。
 臨時取締役会で廃業が決まったことを、領袖たちから聞いた彼らは、臨時株主総会で会社解散の決定を何とか阻止しようと足掻(あが)いたが、無駄な奮闘に終わった。

 そもそも、自分たちの手足となっていた派閥の主な人間たちは、皆逮捕されており、これまでのようにいかないのは明らかであるのに、派閥の残った人間たちから、これまでのように上納金を納めさせることしか頭にない旧創業者一族の人間たちであった。

 彼らは、領袖たちが逮捕されても、自分たちは逮捕されなかったことから、領袖たちと同じ(あやま)ちをしてしまったのだ。
 創業者一族も、吸収合併の時から世代を重ねていた。
 長い間、経営から離れ、殿様のようにふんぞり返り、さらに泡銭(あぶくぜに)(まみ)れてしまった彼らは、まともな状況判断さえ出来なかったのだ。

 機密の横流しで得た金額の一部が、領袖たちの旧飼い主にも渡っていたことを警察はすでに掴んでおり、証拠も揃っていた。
 彼らを逮捕しなかったのは、臨時株主総会での彼らの言動を念のために確認するためであり、逃亡の恐れも無かったからである。
 案の定、臨時株主総会での彼らの発言は、彼らの立場を間接的に想起させるものであり、警察は当然、傍証として確認するとともに、直ちに逮捕と家宅捜索が実施された。

 敵対派閥から機密流出の報酬の一部を受け取っていた敵対派閥の旧出身会社の創業者一族の人間たちは、産業スパイ防止法の共謀罪で有罪判決が確定し、全ての財産と地位と社会的信用を失くし服役したのだった。


 敵対派閥は、会社の機密流出に関わっていた者を除く主要メンバーの大部分が、臨時取締役会後から始まった一斉摘発で逮捕され、組織としては壊滅に近い状態だった。
 そのため、敵対派閥の領袖たちも、臨時株主総会前の攪乱(かくらん)とも言える記者会見を設定するだけで、それ以上の工作活動は出来なかった。

 当時、多くの株主は、下落の止まらない紙くず同然となった株を持て余し、失意の中にあった。
 だが、かれらに600億円の半額300億円を提示していたとしても、殆どの株主は、警戒して同意しなかっただろう。
 臨時株主総会前日の警察発表を見たらなおさらだ。

 敵対派閥のメンバーたちの末路も、彼らの旧飼い主と同じ道を先行して辿(たど)った。
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