第127話  北鮮の崩壊(1)

文字数 2,224文字

                                   2023.2.27投稿
 
 話は、2023年2月に戻る。
 
 我々の時間軸における世界では、2022年2月24日、ロシアによるウクライナ侵攻が開始されたが、この世界では2月のウクライナ侵攻はなかった。
 なぜなら、ロシアは陰でウクライナの親ロシア派による政権奪取とゼレンスキー大統領および親欧米派閣僚らの国外追放を画策しており、その計画は成功すると思われていたからだった。
 しかし、アメリカの情報機関によりその計画は暴露され、逆に親ロシア派の政府高官、軍高官が罷免追放されたため、この世界においても2022年3月中旬ロシアによるウクライナ侵攻が開始された。
 その後の戦況は、我々の世界と同様の経過を辿った。


 ----東京深夜 榊直邸----

 直は、部下からの報告書に見入っていた。
 直が直接指揮を執る秘密組織は、当初は昭和22年に創業した日本総合警備保障会社に属する10名から出発したが、同じく昭和22年に設立した日本政治研究所のメンバーを含め、年々強化増員を進めてきた。
 隊員は、土佐の山崎家が所有する広大な山林、瀬戸内海に所有する小島で戦前の陸軍中野学校以上の過酷な訓練に耐えた者たちであった。
 戦後すぐの頃は、横浜の金子組のような質の悪い愚連隊などの壊滅を主な任務としていたが、昭和26年のサンフランシスコ平和条約締結以降は、海外へもその諜報の活動範囲を広げていったのだった。
 隊員たちの活動費は、主に日本政治研究所を中心として日本総合警備保障会社などの榊グループや五菱グループからも様々な合法的な形で支出されているが、この直の直属の組織は単に「独立部隊」とのみ称されて、その存在は蔵入りのメンバーと一部の政府高官のみが知っているのであった。

 直が、今見ているのは、ロシアによる原子力テロの活動計画書だ。
 それによると、サイバー攻撃によってヨーロッパの原子炉の冷却装置に重大事故を誘発する企みから直接原子力施設の破壊工作までが計画されている。
 特に日本国内においては北鮮の工作員による数か所の原子力施設の攻撃が予定されていた。
  
 直は、目の前に座っている部隊長である谷洋蔵に、
「工作員の足取りは掴めているのか」
「はい。24時間体制で監視しています」
「谷、もし、何かあっては重大な事故となる。福島の原発事故に匹敵する事態もあり得る。
 ・・・奴らが不審な動きをした時、出来るか」
「はい。亡くなった祖父から榊総裁の独立部隊に入らないかと言われた時、戦後すぐのころの祖父たちの活動のことも聞いております。覚悟のうえで入隊しました。それに今回のことは戦後の愚連隊以上に悪質です。必ずやり遂げます」
「・・済まない。これは今の日本では我々しかできないのだ。よろしく頼む。事後の処理に問題がないよう政府には私から連絡を入れる」

 部隊長の谷は立ち上がり一礼すると退出したのだった。
 今年43才となる谷洋蔵の祖父は谷源蔵と云い、日本政治研究所の初期メンバーであり、テニアン島沖で原爆を積んだB29を浮上した潜水艦から一発で撃墜した砲撃手であり、戦後の悪質な反社会的組織の壊滅で中心的な役割を果たし、初期の独立部隊での部隊長を勤めた男であった。(70話)

 谷が退出した直後、直は内閣官房長官に電話を入れた。
 最悪の場合、工作員を殺害処分せざるを得ないが、後始末に問題がないようにするためには事前の政府の暗黙の了解と政府機関との役割分担、連携できる事柄についての細部の詰めが必要なのだ。
 さらに、必要があれば日本国を通してテロが予定されているヨーロッパ各国へ連絡がいき情報の共有と各国においても対策がされるだろう。
 
 その日は、深夜にも関わらず、内閣官房長官を始め政府の情報担当官、警察庁長官などが榊邸を訪れ、部下への指示を終え戻って来た谷を交えて翌朝まで情報の分析と対応の協議が行われた。
 北鮮の工作員たちは、テロが成功しない限り帰国できないため形振り構わず抵抗することが予想される。
 ことは国際問題になるのを避けるために秘密裏に処理することが合意された。


----翌朝 来訪者の解散後----

 官房長官らとの協議が終わると、直は身支度を整え、厳重に人払いをすると特別に作られた応接室に入った。
 直が、室の中に立ち、ほんの数秒瞑目し精神の統一をすると、
 
 「直、昨夜から寝ていないのだろう。大丈夫か」

と、優しく問いかける声がした。
 直が、目を開けるとそこには山科拓馬の姿があった。
 直は、拓馬に深々と一礼をすると、
 
 「まだまだ、このくらいは大丈夫です。この頃は現場にもめったに出ることもなく身体を持て余しているぐらいですよ」

 二人とも互いに微笑んだのだが、一瞬後には両者とも厳しい表情になり、

「始祖様、かねての最終計画を実行する時ではないかと思料いたします」

「うむ。前回の歴史では、ロシア、中国、北鮮が勝利したため、三ヶ国の強権専制独裁政権により世界が混乱し、人類は長期間苦しみを味あうこととなった。この度の戦争は民主国家と独裁国家の争いであり、日本国の国難とはまさに世界の悲劇でもあったのだ。これからの地球の歴史においても何としても止めなければならない。私も実行すべきだと考える」

「では、谷隊長と北鮮に潜伏している隊員に実行の命令を伝えます」

 この時、北鮮を崩壊させる最終計画の実行が決定された。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み