第33話  竹田製薬工業の再生~決意の籠った目

文字数 2,747文字

 「・・おじ様、私たちは何をしたらいいのですか」

 「私はね、同志の方々が、この一年間何もしていないとは思えないんだ。
 長年に亘り、これだけのことを調べ上げた人たちが諦めることは無いと思う。
 ただ、どれだけの成果を上げたかについては、疑問だ。
 だが、彼らは、この再生計画の核になる。
 これまでの彼らの苦闘は、他に代えがたい経験の蓄積だ。
 資料からは、同志の方々の氏名は分からない。
 里帆ちゃんには、彼らを探してほしい。
 この前の父上の一周忌法要は、一つの節目だ。きっと彼らのうちの誰かは、いや、もっと多いかもしれない。参列したはずだ。彼らは戦友だ。必ず会いに来たと思う。
 何でもいい。思い出してほしい。
 ・・彼らは、近いうちに竹田さんに会って調査資料を渡すだろう。その時、山崎社長の支援を請うべきだと進言するかもしれない・・・
 だが、それでは私たちの計画に支障が出る。ひどい言い方だが、竹田製薬工業には行くところまで行ってほしいのだよ・・・」

 「・・おじ様たちの再生計画を聞けば私もそう思います。父の一周忌法要の参列者名簿から何か分かるかもしれません。何としても同志の方々と接触できるようにします・・・」


 数日後

 里帆が、亡くなった父の書斎で考え込むのは何日目だろうか。
 この日も、一人で書斎に入ってどれくらいの時間が経ったのだろうか。
 気が付くと、窓の外から小さな女の子の声が聞こえていた。
 閑静な住宅街だ。外を歩いている人の声が、聞こえてくることがある。
 母親と歩きながら話しているような女の子の声は嬉しそうだ。
 
 
 里帆は、思わず女の子の声に聴き入っていた。
 その時、突然、自分が小さな女の子だった頃のことを思い出したのだ。

 「あっ、あの目 !・・・そう、私は「こんどうのおじさま」と呼んでいたんだわ・・・」

 (・・ずっと忘れていた。 私が幼稚園児の頃まで、良く家に遊びに来ていた父の友人がいた。  私は、その人に懐いていたのに。
 小学1年生になってすぐの時も、おじ様は家に来ていた。
 私は、遊んでもらおうと思って父の書斎に小走りで向かった。
 その時、おじ様がドアを開けて出て来た。
 一瞬、おじ様の目に子供心にも尋常でない何かを感じた私は、そこで立ち止まったんだったわ。
 おじ様は、私に気付くと、何事も無かったかのように優しい笑顔で、「 里帆ちゃん、小学1年生だね。おめでとう 」と言って、クマのぬいぐるみをお祝いに貰ったんだった。
 あの日から、おじ様は家に遊びに来なくなって、私は、いつの間にかおじ様のことを忘れていたんだわ・・・ )

 父の一周忌法要で、里帆は、焼香をする参列者を間近の遺族席から見ていた。
 婚約者の高田裕次の上司である統括の近藤康平も参列者の一人であった。
 近藤が焼香をする時、その顔は、思いつめた決意の籠ったような目をしているように里帆には感じられて、ずっと気になっていたのだ。

 (近藤統括が、近藤のおじ様だったのね・・・父の法要の時の統括の目と子どもの時、書斎から出て来たおじ様の目は同じだった。それに同じ目の人は、法要の日、他にも何人かいたわ・・・)


 ----- 近藤康平 -----

 (若い時からの同志であった井上修一さんが、亡くなって一年が経った。
 井上さんの抜けた穴は大き過ぎる。
 この一年、残された者たちだけで何とかしようとしたが、成果に見るべきものは無い。
 井上さんは、俺たちの調査資料を持って、山崎弥太郎氏を頼るべきだと言った。
 『竹田社長に話せば、社長は必ず同志たちに会うと言うだろう。
 そのうち、社長と同志たちは頻繁に接触することになる。
 だが、それは、必ず敵対派閥に察知され潰されることになる。
 これ以上、同志を減らすことは絶対に避けるべきだ。
 事態を打開するには、社内と社外の両面作戦が必要だ。』
 と、・・・
 だが、俺は反対だった。何故他社の社長を頼るのだ。竹田製薬工業の社員としての矜持(きょうじ)はないのかと。その考えは今でも変わらない。
 しかし、井上さんは、今までのやり方ではもう駄目なのだと言った。
 確かに、今までも社内の問題について、竹田社長に進言したことはあった。
 社長はその都度、最良の対応を指示された。
 時には、社長ご自身が陣頭指揮を取られた。
 誰もが上手くいくと確信していた。
 だが、最後まで上手くいったのは半分もあったろうか。
 様々な妨害を受け、成功までに大変な労力を要したこともある。
 土壇場で、思わぬ妨害を受けて頓挫したこともある。
 井上さんの驚くべき情報量と判断は、いつも正しかったのにだ。
 あなたが言ったように、今までのやり方ではもう駄目なのだろう。
 だが、どうしても納得できない自分がいる。
 それに、俺は、あなたのように社長にも同志の存在を隠して皆を守れる自信もない。
 笑ってくれ、正直どうしたらいいのか分からない。
 それに、一年前、あなたは、俺が反対なら娘の里帆ちゃんに頼むと言ったな。
 俺は、里帆ちゃんを巻き込むのは絶対反対だ。
 だが、あなたのことだ。
 里帆ちゃんに言ったかもしれない。
 それもあって俺は、決断できずにずるずると今日まできてしまった。
 だが、里帆ちゃんも結婚し、新婚旅行から帰ってきて挨拶にきてくれた時も、あの資料のことは何も話さなかったし、俺とあなたが同志だと気付いている風も全く無かった。
 あなたが持っていた資料がどうなったかは分からないが、少なくとも父親の敵対派閥に渡るようなことはないだろう。
 里帆ちゃんなら、自分の胸に納めて封印してくれるだろう。
 ・・・・・・・井上さん、俺はようやく決心がついたよ。同志の皆にも伝える。
 あなたの考えとは違うが、竹田社長に俺たち同志の事を明かし、長年の調査資料を渡す。山崎弥太郎氏に何らかの支援を請うべきだとも進言する。
 竹田社長なら、きっと最善の手を打って下さると、俺は信じている・・・・・)


 近藤康平の決心は、自分の会社に誇りと愛着を持ち、社長を尊敬する企業人として当然だ。
 第一、たとえ、五菱グループといえど全く製薬業界に実績のない他社に相談してどうなるというのだ。
 たとえ、井上が考え抜いた結論であっても、近藤にとっては藁をも掴むようなことにしか思えなかったのだ。

 同志たちの賛同を得た近藤は、ようやく踏ん切りを付け、静かな決意を胸に秘めて社長室へと向かっていた。

 社長室へ続く静かで人気(ひとけ)のない廊下で、近藤は突然若い女性から呼びかけられた。

 「近藤統括・・いいえ、近藤のおじ様・・・」

 「!!・・・・」

 「やっぱり、そうだったんですね・・・」

 「・・里帆ちゃん・・・」

 「社長室へ行く前に、私たちの話を聞いてもらえませんか・・・」

 「私たち?・・・」
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