第122話  蔵入り~令和の国難に向けて 1

文字数 2,038文字

 2020年1月16日

 この日、先月土佐で行われた蔵入りの参集者15名が、急遽東京の旧山崎本邸へ集まった。
 旧山崎本邸は、大東亜戦争後財産税のため売却されたのだが、それを購入したのは、日本経済研究所であった。
 日本経済研究所は、旧五菱財閥の各企業によって戦後設立されたシンクタンクであるが、五菱財閥の復活をその隠れた最重要目的としていた。
 爾来、旧山崎本邸では毎月五菱グループの主要企業のメンバーが集まり五菱評定が開催され、五菱グループの重要案件について協議され、グループの実質的最終決定が行われている。
 当初の目的の性質上、五菱評定の活動は秘密裡に行われていたのだが、五菱財閥復活の目的をほぼ達成した現在では、一部経済人の間で噂程度には知られるようになっていた。
 しかし、今日の蔵入りについては、榊直の日本総合警備保障会社による完璧な警備と偽装によって余人には全く漏れることは無かった。

 今日の蔵入りの参集者は、全員が大企業のトップかそれに次ぐ者たちであり予定調整が難しい者ばかりであったが、拓馬の指示が参集の三日前だったにも関わらず、一人も欠けることなく集まったのだった。

 蔵入りの場所は、大会議室で大円卓が用意された。
 入り口から一番遠く、窓を背にした場所に二つの空席があり、その席に近いところに榊直を始めとした山崎一門が座りその次に山崎四天王一門が座るという席順であった。
 参集者は全員席に着き固唾を呑んで蔵入りの開始を待っていた。
 蔵入りの時刻となった。

 二つの空席の後ろに二つの光が現れ、その光は徐々に人型となっていった。
 すると、突然光の人型が強く発光した。
 参集者は余りの眩しさに一瞬目を閉じたのだが、目を開けた時そこには拓馬と栞が立っていた。
 参集者全員が反射的に立ち上がり深々とお辞儀をした。
 すると拓馬が、

「皆、頭を上げてくれ」
 一同が頭を上げると、拓馬は一人ひとりの顔を見ながら、

「急な呼び出しに集まってくれてありがとう。皆が息災のようでこれより嬉しいことは無い。また、皆には心から謝りたい。直を除いて覚えている者はいないと思うが、俺のしくじりで何度も歴史を繰り返すことになり、苦労をかけた。この度の転生復活でも直を始め皆に迷惑をかけた。本当にすまない」
 拓馬と栞が深々と頭を下げた。

 参集者たちは全員が、『そのようなことはありません!』と答えたかったのであるが、皆黙していた。
 今回の蔵入りは、拓馬も肉の身を持った身であり、参集者はそれぞれ発言し、意見を述べよと拓馬は事前に指示していたのだが、誰も一言も発しなかった。
 長い間、蔵入りでは一言も発してはいけないというのが決まりであったため皆が遠慮したのだった。
 そのような中、最初に言葉を発したのはやはり直であった。

「始祖様、私たちは始祖様と共に働くことを誇りにこそ思え、迷惑などと思ったことなど一度もありません。どうぞ、我らをお導きください。身命を賭して働きとうございます」
 これを切っ掛けに他の参集者からも次々と同意の言葉が発せられたのだった。
 皆の発言が一通り終わると、再び拓馬が、

「皆ありがとう。では、早速本題に入りたい。
 先月の蔵入りで母さんからも話したが、令和の国難は2022年2月の北京冬季オリンピック終了後に行われる北鮮、中国、ロシアの軍事侵攻だ。
 母さんが未来視で見た前回の歴史では、北鮮は南鮮に、中国は台湾に、ロシアはウクライナに侵攻した。
 南鮮はわずか一日で陥落し、NATOに加盟していないウクライナもその東部をロシアに占領され、ウクライナは西と東に分断された。
 台湾を巡ってはアメリカを中心として、日本、台湾の三ヶ国が中国と応戦したのだが、アメリカが負け、日本も多大の犠牲を払うこととなった。
 その後の国際社会は、ロシア、中国、北鮮の強権独裁国家が発言力を強め、アメリカや日本といった国は苦難の時代になるというものだった。
 今日、皆を急遽呼んだのは、国難が二年後に迫っているということだけではない。
 今回の歴史はもうやり直しが出来ないのだ。
 たとえ失敗しても歴史はそれを既定の事実として時を刻むことになる。
 猶予は、二年しかない。
 72年前、直に蔵入りで指示した最も重要なことは、この対策だった。
 直には、国難の具体的な内容を伝えたが、それ以外の者には必要最小限のことしか伝えてはいけないと指示をしていた。
 過去の経験から、完全宇宙生命体のときは、歴史に深く関与することを避けなければいけなかったからだ。直の口から詳しい内容が広まることも避けなければいけなかった。
 直は、山崎一門と山崎四天王一門に必要最小限なことのみを伝えたにも関わらず、皆はそれぞれの役目においてその実現に力を尽くしてくれたことに心から感謝する。
 それでは、対策の進捗状況の確認と意見交換を始めよう」

 直が、72年前、拓馬から指示を受け、令和の国難に長い年月備えてきた全貌の一端が明らかになろうとしていた。
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