第113話  二度目の歴史~拓馬の返書

文字数 2,579文字

 皆藤定嗣は、拓馬の山崎御所へ参上の伺いに家人を使者として送った。
 朝早く出立した皆藤家の家人は、夕刻になって戻って来ると急いで主の元へ首尾を報告にやって来た。

「只今戻りましてございます。帰着が遅くなり申し訳ありませぬ」
「よい。それより三位様(拓馬)のご返事は?」
「はっ、ここにご返書を預かっております」

 差し出された拓馬の返書を一読した定嗣は、驚いた顔をし、再度見直したのだった。
 何かを考えているような定嗣は、報告に来た家人に、
 
「そなたが書を持参した時の三位様はどのようなご様子であった? いや、何でもよいから詳しく話してくれ」
「はっ、まず、私たち使いの一行が国境まで行きますと、関所に詰めていた山崎領の武士のうち二十人が私たち一行の警護を兼ねて山崎御所まで先導していただきました。御所へ到着し、出迎えの榊清丸と名乗る武士に私が皆藤家の使いと名乗り、献上品をお渡ししますと、榊殿は取次ぎのために奥へ入られるとすぐに三位様御自ら御出座(おでま)しになり客間へと案内(あない)されたのでございます。
 公達が私ごときの身分の低い者に対する行いではなく、私は、他のご家来かとも思ったのですが、お召し物は公達のそれであり、話をされるうちやはり三位様その人であると考えるしかありませなんだ。
 三位様は「式部の大夫(しきぶのたゆう)(皆藤定嗣の役職)様はお健やかか?」などとお尋ねになり、私が直答してよいものか悩んでおりますと、「遠慮せずに直答してください」とまで(おっしゃ)ったのです。
 私が「主は健やかに過ごしております」とお答えしますと「そうですか、それはよかった。山崎の騒動でご迷惑をおかけしていないか案じていました」といかにも安心したというお顔で「朝早くから出立されたのではありませんか。大したもてなしも出来ませんが、ゆるりと疲れを癒してください」と申されまして、すぐに返書をしたためるのでお待ちくださいと別室へ行かれました。すると膳が運ばれてきたのです。私は、軽い昼餉をいただけるものとばかり恐縮しておりますと、見たこともない料理ばかりで味も極楽の仏飯ではないかと思うほどの美味しさでございました。
 食事を終え、ご家来の酌で御酒まで勧められましたが、さすがにお役目中ですからとお断りしたのですが、それでは土産にと五樽の酒まで頂きましてございます。それらは先ほど蔵へと運んでおります。
 また、過分な昼餉をいただいたのは私だけでなく、供の者たちも別室で同様にもてなされたとのことでした。いやはや、このようなこと初めてでありました。さらに帰りの道中にも同じく二十人もの武士が警護のためにと国境まで付いていただきました」

「何と、左様であったか・・・・」
 
 定嗣は家人の報告を聞くと一時(いっとき)言葉を失くしたが、気を取り直すように、

「・・それでは三位様はご機嫌麗しゅうあったのだな?」
「はっ、そればかりか三位様の母君様までお出でになり献上の絹の反物を大層お喜びになりました」
「そうか、そうか。宋からの渡り物だからな。無理をした甲斐があった。・・・して、ほかに何かなかったか? 例えば、室(妻)や娘の明子のことは?」
「は? あっ、そう云えば母君の栞様が「御台様と明子様に会えるのが楽しみだわ」と仰いました。その時、母君様も三位様もとても嬉しそうにしておられました」
「・・そ、そうか・・そうか・・・・」

 拓馬からの返書には、特に決まった役職もないので、面会は大夫のご都合の良い時に合わせます。こちらにお出での際は御台の方様、並びにご息女明子様のご同行も是非お願いいたします。こちらも母ともどもお待ちしています。
とあった。

 定嗣は、拓馬からの返書を何度も繰り返し読んだ。
 書かれている言葉の意味は分かる。だが何もかも予想とは違う。いや、定嗣ならずともこの時代の誰もがその本意を理解できない内容なのだ。

 定嗣は、自らが領家である荘園の今後について是非ともご相談したいと(したた)めた。
 言外に荘園の本家本所となってほしいとまで(ほの)めかした。
 物見遊山にあるいは宴の誘いではないのだ。
 皆藤家の全てが掛かっていると言っても過言ではない。三位様もよく分かっているはずだ。
 だが、妻と娘を連れてきてほしいだと?
 自分は卿にからかわれているのではないだろうか?
 定嗣には拓馬の返書が、
 『本所の相談など笑えて片腹痛いわ! 皆藤の荘園など寄進を受けずとも早晩横領してやる。生き延びたければ妻と娘を差し出せ』
 と言っているように思えるのだ。
 ・・卿は、我が妻と娘を人質にせよと? それとも、まさか慰み者にするお積りか?・・・

 だが、と定嗣は思う。
 山科卿は山崎の武士をあっという間にひれ伏させ、もはや武士が恐れる強者であるが、依然として歴とした三位の高位の公達であり、内裏でも一度だけであるが顔を合わせたことがある。
 あの時も頭を下げてすれ違おうとした下位の自分に卿自ら声を掛けられたことがある。
 優しく親しげに話しかけられ、自分の名もご存じだったのには本当に驚いた。
 もしや、あの時既に皆藤家の荘園をものにしようとお考えだったのか?
 いや、そのような腹黒さなど微塵も感じなかった。・・・自分が甘かったのだろうか・・・・分からぬ・・・使いの者たちへの異常な気配りも全く分からぬ・・・・
 もはや我は蛇に睨まれた(かえる)なのではないのか・・・

 定嗣は苦悩した。
 苦悩の挙句、彼は妻に話すことにした。


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 領家・本家・本所
 ~田地を開発した開発領主が中央の貴族や寺社に寄進し、寄進を受けた荘園領主を領家と称し、さらに領家がより有力な貴族へ寄進すると、寄進を受けた最上位の領主を本家と呼ぶ。
 領家と本家のうち荘園を実効支配する領主を本所と呼んだ。

            お礼(2021.2.25)(活動報告より)
 拙作「人生大逆転!」「異世界へ渡る者」を読んでくださりありがとうございます。
「人生大逆転!」はようやく大詰めが見えてきたと言ったところでしょうか。
ここまで読んでくださった読者の方には感謝です。
今後も面白く読める小説にしたいと思っていますので、これからも応援よろしくお願いいたします。
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