第125話

文字数 659文字

「イヤな思いをさせてごめん。会ったらまず最初に謝りたいって思ってた」

 とても真剣な瞳で私をじっと見ているから。すぐに小さく首を振った。

「……ううん。もらった手紙で、遊さんの気持ち、伝わってきたから」

 そう。数ヶ月の会えない時間。遊さんは本気で私と向き合おうとしてくれた。直接会っているときよりも、もっと深いところから自分を取り出して見せてくれようとしていた。

 雫さんとのこと。遊さんが小さな頃味わった孤独。絶望。感情を閉ざして、煩わしさから、人との関係も表面上だけでやり過ごしてきた10代。私に出会ってからの気持ちの変化。伝わってきたのは遊さんの真摯さだった。

 それらは岩間から湧きだした水のように、少しづつ、でも確実に私に流れこんで、澱んだ何かを洗い流してくれた。だから私も。まっすぐ遊さんと向き合いたい。そう思ってここまで来たのだから。

「あのね……」

 そっと言葉を唇に載せる。

「うん」

 なかなか出てこない私の言葉を、待ってくれているのがわかる、そんな相槌。

「今日、推薦で受けた医大の合格発表があって」

「うん」

 穏やかに私を見つめているその瞳に、そっと伝える。

「合格したの。それを伝えたくて」

 遊さんの表情が、さらに柔らかく、優しいものになった。

「おめでとう、真琴」

 そういって握っていた手首を離して、今度はゆっくりと私のてのひらに大きな手のひらを重ね、しっかりと握った。その力強さ。心臓が走っていた時みたいにドキドキと音をたて始める。外の空気はきん、と冷えて冷たいのに、身体は熱を帯びて内側から火照りだしてしまう。
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