第4話

文字数 816文字

 いつもは、貴大さんがどんなに忙しくても駅まで誠を送っている。たかだか徒歩7、8分の距離。まっすぐ大通りを進むだけ。賑やかな通りだし、女の子でも危ない道のりじゃない。

 勝手に来ているのだし、1人で帰りゃいいだろう。いつもそう思っていた。バーの回し方や客あしらいのうまさとか。貴大さんから学ぶことは多いけれど、姪っ子に甘いのだけはいただけない。

「たまにはさ。若いモノ同士で」  

 俺が渋い顔をしてもお構いなしで、そんな間が抜けたことをいうから、ため息まじりの苦笑がこぼれた。

「……なにオッサンくさいこと、言ってるんですか」

「えー、俺、オッサンだし」

 くしゃりと笑う笑顔は、目尻にある小さなシワ以外、どうみてもオッサンじゃない。俺がさらに文句を言おうと口を開きかけたときだった。

「わるいな、遊。今日だけ頼む」

 耳元で、俺にだけ聞こえるように呟いた低い声。その表情とは裏腹に、どこか真面目な空気をはらんでいた。貴大さんをみると、真琴にはみえない位置で、俺に向かって手を合わせてる。貴大さんにそこまでされたら、断るわけにはいかない。小さくため息をついて、腰にまわしたカフェエプロンの紐を外す。

「わかりました。駅まで送っていけばいいんですね?」

「ありがとな。頼む」

 またいつもの無邪気にみえる笑顔を浮かべて、とんとんと俺の肩を叩いた。渋るほどのことじゃない。貴大(オーナー)さんの姪っ子を駅まで送るだけだ。これも仕事のうち。だけど真琴(こいつ)と二人きりになるのは正直苦手だ。

 高校生だからといって油断できない。時々妙に鋭いところを突いてきて、返答に困るようなことをいってくる。それくらいなら適当に受け流せばいいけれど、一番厄介なのは、まっすぐにこちらを見つめてくるあの瞳だ。

 真琴は臆せずに俺を見る。それはまるで、無理やり俺の世界(small world)に差し込んで、見たくもないものまで照らしてしまう一筋の光みたいだ。真琴のその視線は、たびたび俺を落ち着かない気分にさせるから。

 




ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み