第75話

文字数 716文字

「私も、他のコも名前で呼んでっていくら言っても、頑なに苗字で呼ぶんだよね。なんで? って聞いても、なんとなくって言って笑ってはぐらかされるし」

 返答のしようがないから黙っていたら、笠原さんは押しが強い人特有の眼差しをこちらに向けた。

「……初めて下の名前で女子のことを呼ぶのを聞いたから、びっくりした。山本さんのことは、自然に真琴っていうんだね」

 探るような視線。光を素通りするガラス玉をイメージして、受け止めないようにする。
そんな感情をいちいち引き受けていたら身が持たないのは、小学校時代に身に沁みて学んだから。

「幼なじみだからね」

 笠原さんの瞳をちゃんとみながら、感情をできるだけ込めないようにしてそう返す。彼女はしばらく私を見ていたけれど、ふうん、まあそうだよね、とやっと納得したように小さく微笑んだ。

「あんなかっこいい幼なじみがいるなんていいよね」

 曖昧な笑みを返すと、丁度先生が教室に入ってきて心底ホッとした。すぐに前を向く。日直の号令がかかって立ち上がりながら、思い出してしまう。

 小学校5年のとき。竜ちゃんの障害のことを同級生の男子に、軽い調子でからかわれ、あり得ない剣幕で食ってかかり、クラスで浮いてしまったことがあった。それから人とどう付き合っていいのか、わからなくなってしまって、殻に閉じこもりがちな私と外界のパイプ役になってくれたのも、陸だった。

 あたりまえに隣にいた、かよわげな優しい男の子。だけど時折みせる芯の強さに、気づいていた。陸は優しいだけじゃないって。自分も仲間外れにされてしまうリスクもあったのに、ごく普通に話しかけてきた。そんな陸がいてくれたから、私に対するクラス内での空気も次第に緩んでいった。

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