第49話

文字数 683文字

 もっと話したそうなお母さんの横をすり抜けて、洗面所に手を洗いに行く。はあ、とため息が溢れてしまった。1階にある竜ちゃんの部屋の前を通ると、なかからは、呼吸を維持するための機械の音が響いている。

 何気なく覗いてみると、珍しく竜ちゃんが起きている。そっと部屋にはいった。私よりずっと小さくて細いけれど、お兄ちゃん。こちらをみると、ゆっくり笑顔をつくった。家族だからわかる竜ちゃんの笑顔。

「竜ちゃん、ただいま」

 そういうと、1度瞬きをする。おかえり、の意味だ。小さい頃は竜ちゃんに毎日話しかけていた。愚痴や悲しかったことや、小学校の頃は好きな男の子の話もした。今は時々。それでもやっぱりこうしていると落ち着く。

「竜ちゃん。陸がね、昔と違うの。昔とおなじようにしてくれているけど、やっぱりちがう。知らない男の子みたい。どうしたらいいかな」

 竜ちゃんはじっと私を見ている。気道を切開して人工呼吸器をつけているから、声は出せない。昔は出せたらしいけど、私は覚えていない。だけど目をみればわかる。竜ちゃんはちゃんと私の話を理解している。話を聞いていない時もすぐわかるから、間違いない。

 その時だった。ポケットに入っていたスマホがぶるりと揺れた。慌てて取り出すと、遊さんからメッセージが来ていた。

「あ、竜ちゃん、ごめん!」

 遊さんのことは、竜ちゃんにも話せない。コトバにするのが恥ずかしいし、なにより自分のなかで温めていたいから。

「おやすみ」

 そう言った私を竜ちゃんが苦笑したようにみえたのは気のせい? 跳ねる心臓をおさえつけて、メッセージをみるために、自分の部屋に駆け上がった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み