第105話

文字数 913文字

『……そんなことをさらっと言うの、ズルい。遊さん、慣れすぎてる』

 さらっとなんか言ったつもりはない。納得がいかなくて、すぐに言葉を返す。

「今までこんなこと、誰かにいったことないよ。それでも疑うなら直接言わせて。今、近くの駅にいる」

 駅の外を見ると、一瞬で全身ずぶ濡れになりそうな土砂降りの雨。それでも構わない。もし真琴に会えるのならば。こんなにも必死に誰かに会おうとしたことなんかない。滑稽なくらい必死な自分に苦笑いがこぼれた。

『……遊さんがそんな強引な人って知らなかった』

 真琴も俺の勢いに圧されたように、どこかびっくりしたような声で言う。

「俺も。意外としつこい奴なんだなって今知った」

 電話の向こうでクスリと笑う声がしたから一緒に笑う。笑い声だけなら簡単に、電波上で重なり合うのに。

『遊さん』

 ボソボソと話していた真琴が、クリアな響きの声で俺を呼んだから、微かに緊張する。

『あのね、やっぱり今、遊さんに会っても、多分うまく話せない。頭の中が整理できたら、今度私から連絡する、から』

 近づいたと思ったらまた、するりと逃げていってしまう。ついため息をついてしまう。けれど先程までの素っ気なさは薄れて、たどたどしい言葉のなかに、俺と向き合おうとしている気持ちを感じられたから。これ以上、追ってはいけない。

「真琴がそういうなら。連絡を待つよ」

『……遊さん、あの……』

「うん?」

『……ううん。なんでもない。それじゃおやすみなさい』

「……おやすみ」

 俺たちを繋いでいた線は、いとも簡単にプツリと切れた。真琴の声が聞こえなくなったスマホを見つめたあと、視線を駅の外に投げる。アスファルトに叩きつけるように落ちてくる大粒の雨。矢のように降り注いで、景色を(けぶ)らせ、ぼんやりとしかまわりが見えない。

 最後に真琴はなんて言おうとしていたのだろう。考えてもわからない。ただひとつはっきりとわかったのは、真琴を失いたくないという強いこの気持ちだけ。いなくなったら胸が痛くて苦しくなる存在なんかもう要らないと思っていたのに。噛み締めていた唇が勝手に緩んで、自分を嗤う。

 立ち塞がる壁のように降りしきる雨を見つめ、しばらくそこから動く事ができなかった。





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