第56話

文字数 752文字

「そ、そ、そ、そんなことあるわけ、わけない!」

 噛みまくっている下手くそな役者のセリフみたいで。慌てて口を押さえる。遊さんは、瞳を軽く見開いたあと、小さく笑った。

「真琴がそんなに緊張していると、調子狂うんだけど」

「だって……遊さんと一対一でお茶とか……。そんなの、緊張するに決まってる」

 喉を潤すようにアイスティーをひと口含んだ私を、しばらくみつめたあと。遊さんはニヤリと笑った。

「ID教えろって最初に言ったの、真琴のくせに」

「だって、教えてくれるって思ってなかったから。ダメ元で聞いたの」

「ふーん。ダメ元、ね。ダメ元なのに連絡もしてこないうえに、既読スルー?」

 わざとなのかわからない、拗ねた子供みたいな遊さんの口ぶりに、ついつい前のめりになってしまう。

「だから! それは書き出しを考えて何度も書き直していたら夜中になって、お父さんに……」

 身を乗り出して言い訳をしようとしたら、遊さんは表情を崩して、楽しげに笑った。

「やっといつもの調子がでてきた」

 包み込むような瞳をして私を見ていて。紅茶を飲んだばかりなのに、また喉が乾いてしまった感覚に陥ってしまう。かあっと火照るような熱が、ほっぺたに集まってくるのを感じて両手で押さえて。おずおずと遊さんを見上げると、彼まで、困ったような照れたような笑みを浮かべていた。

「でもホントに。めちゃくちゃペース乱されたんだけど」

「……遊さんが? どうして?」

 恐る恐るそう訊ねると、目は笑ったまま、口をへの字にしてみせた。

「どうしてって……ID教えたのに、メッセージすぐよこさないし。仕方ないからこっちから送ったら、今度は既読スルーで2日も放置。 俺、いいように真琴に遊ばれてんのかと思った」

 ため息まじりにそういって苦笑する遊さんを、ぼうっと見てしまう。

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