第88話

文字数 908文字

 小さな違和感。あの電話を思い出すと、靴のなかに小さな石がはいっているような気分になってしまう。いつもはメッセージだけのやり取り。滅多に電話はしない。会いたいけれど会うのはガマン。でも声だけでも聞きたくなってしまって、耐えきれなくて電話したあの夜。

 電話に出た遊さんはどこか上の空みたいな気がした。もちろん適当に会話している、とかではないのだけれど。いつもよりも意識が違うところにあったようだった。気持ちが入りすぎていたから、そう感じてしまったのかもしれない。

 私の、遊さんが好きって気持ちが丸見えなはずで。遊さんだって多分、普通よりは私を好きでいてくれるはず。それに勉強の邪魔をしないように気を使ってくれているのもわかっている。それでも感じてしまう。付き合っているわけじゃないから感じる、このもどかしい距離感。

 シャープペンシルを机の上に雑に置いたら、コロコロ転がって机から落ちてしまった。そっと椅子を後ろにひいて床に手を伸ばす。さらさらと結んでいない髪の毛がカーテンのように私の顔を覆う。小さな暗闇のなかでもう1度ため息。やっぱり落ち着かない。
 
 今日は授業はない。だけど自習室でしっかり勉強しようと思って塾まで来たのに。このままじゃ集中できない。壁にかかっている時計を見上げたら20時少し前。しばらくLampoには行かないと家でも遊さんにも宣言したけれどほんの少し。ひと目だけでもいいから。遊さんの顔がみたい。

 お店は混みだす時間だから、どのみちそんな長い時間なんていられない。そう思い立ったら、いてもたってもいられなくなった。

 机の上にある勉強道具をザクザクとリュックにしまい込む。勢いよく立ち上がりすぎて、キギギッと椅子の脚が床に擦れる音が自習室に響き渡ってしまう。いくつかの迷惑そうな視線が背中にささり、できるだけ音を立てないようにして、自習室をでてから、走り出した。

 電車に乗ったらLampoがある駅は二つ目。すぐついてしまう。お店に向かって歩いているとやっぱり、行かないほうがいいのかもしれないという気持ちに傾いてくる。遊さんに怒られてしまうかもしれない。そう思うと勢いがくじけそうになってしまう。

 
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