第93話
文字数 875文字
「俺さ」
さあっと通り風が吹いて、木々がざわめくように葉を揺らす。陸の言葉はそこに吸い込まれるように消えた。ようやく風が過ぎ去ってしん、とした気配が戻ってきた後、もう一度口を開いた。
「真琴がいなかったら、今の俺じゃない。たぶん」
「陸……?」
どこか遠くを見つめる横顔。それから昔のことを思い出した、と呟いて口元を緩めた。
「元気いっぱいで怒ったり笑ったり。俺の手をひっぱってどこにでも行っちゃう。真琴と一緒にいると、まるで自分が元気で好奇心旺盛な人間になれたような気がして、楽しかったし、嬉しかったんだ。真琴がいなかったら今も、引っ込み思案のままで、たくさんのことを諦めていたかもしれない」
私は慌てて首を振った。
「そんなことない。私がいなくてもいても、きっと今の陸になってる」
それは正直な気持ちだった。先生が言っていた言葉を思い出す。女の子は早熟だから、中学あたりまでは男子をひっぱっていく。けれど高校生くらいになると、男の子は変わってくるのだ、と。
「男の子って、この時期になると一気に大人になるって先生もいってたし」
陸は私の言ったことの意味を考えるように少し首をひねったあと、苦笑した。
「みんながみんな、大人になるっていう訳じゃないよ。俺だって目の前にあることを全力でやってるだけ。基本バカなことばっかりしてるし」
「ううん。少なくても陸は私より、よっぽど大人だよ」
そう、陸のほうが大人だ。私が何をいっても冷静に受け止めて、気にかけてくれて。一方の私は、遠くから遊さんと雫さんの姿をみて、子供みたいに逃げ出して泣いていた。どうせ子供なら、駄々をこねて遊さんに近寄らないでって雫さんに泣いていえばよかったのに。
でももし、私がそんなふうにしていたら。遊さんはどうしただろう。それを考えるのも怖い。思わず手のひらをぎゅっと握りしめた。
「真琴」
少し掠れた低い声に驚いて顔をあげると、真剣な瞳が私をまっすぐに見つめていた。
「俺、ぜんぜん大人なんかじゃないから」
「え?」
いきなり強く抱きしめられ、気がついたら私の顔は陸の首あたりに押し付けられていた。
さあっと通り風が吹いて、木々がざわめくように葉を揺らす。陸の言葉はそこに吸い込まれるように消えた。ようやく風が過ぎ去ってしん、とした気配が戻ってきた後、もう一度口を開いた。
「真琴がいなかったら、今の俺じゃない。たぶん」
「陸……?」
どこか遠くを見つめる横顔。それから昔のことを思い出した、と呟いて口元を緩めた。
「元気いっぱいで怒ったり笑ったり。俺の手をひっぱってどこにでも行っちゃう。真琴と一緒にいると、まるで自分が元気で好奇心旺盛な人間になれたような気がして、楽しかったし、嬉しかったんだ。真琴がいなかったら今も、引っ込み思案のままで、たくさんのことを諦めていたかもしれない」
私は慌てて首を振った。
「そんなことない。私がいなくてもいても、きっと今の陸になってる」
それは正直な気持ちだった。先生が言っていた言葉を思い出す。女の子は早熟だから、中学あたりまでは男子をひっぱっていく。けれど高校生くらいになると、男の子は変わってくるのだ、と。
「男の子って、この時期になると一気に大人になるって先生もいってたし」
陸は私の言ったことの意味を考えるように少し首をひねったあと、苦笑した。
「みんながみんな、大人になるっていう訳じゃないよ。俺だって目の前にあることを全力でやってるだけ。基本バカなことばっかりしてるし」
「ううん。少なくても陸は私より、よっぽど大人だよ」
そう、陸のほうが大人だ。私が何をいっても冷静に受け止めて、気にかけてくれて。一方の私は、遠くから遊さんと雫さんの姿をみて、子供みたいに逃げ出して泣いていた。どうせ子供なら、駄々をこねて遊さんに近寄らないでって雫さんに泣いていえばよかったのに。
でももし、私がそんなふうにしていたら。遊さんはどうしただろう。それを考えるのも怖い。思わず手のひらをぎゅっと握りしめた。
「真琴」
少し掠れた低い声に驚いて顔をあげると、真剣な瞳が私をまっすぐに見つめていた。
「俺、ぜんぜん大人なんかじゃないから」
「え?」
いきなり強く抱きしめられ、気がついたら私の顔は陸の首あたりに押し付けられていた。