第62話

文字数 818文字

「遊さん」

「なに?」

 知らないうちに時間はあっという間に経ってしまう。もっと話をしたいという物足りなさと、遊さんが目の前からいなくなってしまう寂しさ。もう一度袖口を握りしめる。

「あのね」

「うん」

 遊さんと私の関係はなんて名前がつくのか、とか。 聞きたいことは他にもあったはずなのだけど、そんなこと、聞けるわけもなく。

「また、会える?」

 その一言にすべてをこめて、遊さんを見上げる。だけど遊さんはうーん、とつぶやいて笑った。

「……真琴受験生だからね。そう頻繁に会ったらよくないよな。貴大さんに怒られる」

「……そっか、そうだよね、うん」

 意気消沈して俯いた私に、上からまた、声が落ちてくる。

「でもメッセージならいつでも送って。授業やバイトがないときに返事するから」

 パッと顔をあげたら、優しいお兄さんみたいな顔をして、私をみている遊さんと目が合う。凄く好きだけど、ちょっと気に入らない。

「遊さんからは送ってくれないの?」

 悔しくなって、口を尖らせて聞いてみる。

「だって真琴、既読スルーするし」

「しないよ! これからはすぐ返信する」

「わかったわかった。冗談だから」

 そういってまた、頭を撫でてくれる大きな手。嬉しいけど、やっぱり物足りない。子供じゃないのに。今度は私から手を伸ばす。遊さんの首筋あたりに手のひらを添わせた。

彼の表情が変わる。驚いた表情(かお)で私を見下ろしてる。そんな変化が見たかったのかもしれない。心臓が胸の奥で暴れだしたけれど無視。それどころじゃない。

彼の首を引き寄せ、耳もとに口を寄せる。

「遊さん、少し待ってて。私、はやく大人になるから。どこにもいかないで」

言ってしまってから、子供が甘えているみたいな事を言ってしまったと後悔する。でもそれが今の私だから仕方ない。ため息をついて目の前にある彼の耳たぶを見つめる。不意にわきあがってきた衝動。それを抑えられず、その柔らかな場所を軽く噛む。私の(マーク)を残すように。


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