第10話

文字数 956文字

 息苦しいこの感覚をどうやって遊さんに説明していいかわからない。そもそもそれほど交流していない、赤の他人である遊さんに、わかってもらおうと期待する方が、おかしい。

 もし仮に説明できたとしても、遊さんだって適当にあしらうしかない。だけど遊さんに、そうされたくはなかった。小さなため息をつきそうになって、慌ててそれを飲み込む。多分今、すごくブスな顔をしている。うまくできるかわからないけれど、まず笑って見せた。いつもの私がやるように。

「なんでもない。変なコトを言ってごめんね」

 珍しく視線を外さない遊さんを、今は私の方が見ていられなくて、目を逸らそうとした時だった。不意に遊さんの瞳が緩んで困ったように笑った。そんな彼の表情をみるのは初めてだった。

 あ、素の笑顔。

 今の今まであった、ぐちゃぐちゃな気持ちが嘘みたいにすっと消えた。目を凝らして、もっと遊さんの笑顔をみたい、そうおもう気持ちだけが私を支配する。

 彼の顔を覗きこもうとしたら、大きな手のひらがのびてきて、がしがしと頭をかきまわすように撫でられてしまったから、その貴重な笑顔が見えなくなってしまった。でも温かい優しい手の感触は心の中にもじわりとしみ込んできた。

「まあ、そう思うことは誰にでもある。俺もある。真琴だけじゃないよ」

 その声の響き。決して適当に言ったものではなく、足りない私の言葉を、彼なりにちゃんと咀嚼して、言ってくれているのがわかった。また歩き出した遊さんの横顔。見上げたそれは、いつもの彼。でも遊さんが元々持っているだろう優しさが、滲んでいる気がした。

 目の前にいるこの人も、どこか生きづらそうにしている。だけど淡々とそれを受け入れ、静かに、凛として生きている。少し尖った空気を纏っているくせに、ちゃんと人を気遣える感覚をもって。

 やっぱり遊さんのことを知りたい。もっとこの人の笑顔がみたい。そう思ったら、無意識に傘をもつ彼の腕をぎゅっと握りしめていた。遊さんがすっと、私に視線を落とす。離せって言われるのかと思い、余計に強く握る。だけど何も言わず小さく苦笑して、前を見た。

 もうすぐ駅についてしまう。この時間を愛おしむように、歩くスピードを少し落として、更に腕を握りしめた。まるで、迷子にならないように必死になっている小さな子供みたいに。
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